第3部 パークアンドライドの今後

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第1章 〜インタビュー〜パークアンドライドの行方

我が一橋大学鉄道研究会では、今回の研究についてより理解を深めるため本学の先生お二人にインタビューをおこないました。以下はその要約ですが一部編集が加えてあります。なお、このインタビュー記事に関する責任は、当鉄道研究会が負います。

山内弘隆先生
本学商学部助教授。ご専門は交通経済学、公益事業論。
1985年慶応義塾大学大学院商学研究科博士課程修了。
1991年本学専任講師として採用され、1992年より現職。
ちなみに先生は車がお好きです。
根本敏則先生
本学商学部教授。ご専門は物流。
1981年東京工業大学大学院博士課程修了。
今年(1997年)から一橋大学にて教鞭をとっておられます。

───今回の研究では、パークアンドライドを中心にすえて、個々の具体的事例の実態調査を行い、TDMや都市交通の適正化などの理論的側面もからめて研究をしてきたのですが、先生はパークアンドライドについてどのようにお考えですか?

山内先生パークアンドライドというのは、人が行動しようというときにその行動を変えようというのだから、その行動のもとになったインセンティブから変える必要があるでしょう。そうなると、パークアンドライドひとつだけではなかなかむずかしいと思います。パークアンドライドによって、環境にやさしいとか、混雑緩和につながるとか、そういう社会的利益をもたらすことは事実でしょうが、そのような利他的な理由は、自己のインセンティブを変えるには非常に弱いでしょう。結局、パークアンドライドだけでは弱くて、より広いTDMの概念の中で全体のシステムを変えるしかないと思います。
もうひとつの考え方として、「規制してしまえ」というのがありますが、これは日本では受け入れられないでしょう。

───パークアンドライドだけではなく、ロードプライシングなどその他の施策を組み合わせないと効果があがらないということは、海外の事例などからも読み取ることができると思います。

山内先生先程のTDMの話で思ったのは、インセンティブをどう変えるかという問題に対して提案型で議論することがある、ということです。TDMの協議会をつくって、企業、事業者、通勤者の代表、警察などが集まる、というこの提案型に新しさがあると思います。ここに土地があるから駐車場をつくって「ここで乗りかえなさい。」といってもそれは無理な話でしょう。
もうひとつ前の議論に戻ると、たとえば武蔵小金井あたりで駅前に駐車場を借りて「パークアンド中央線ライド」をしている人は、月々万単位であろう駐車料金を(自分の勤めている)会社に払ってもらっているのではなく、自分で払っているはずです。自分で高いお金を出してまでパークアンドライドをする魅力がどこにあるのか、インセンティブは何なのか、あるいはもしかすると一部補助が出ているかもしれない。そういうところを調べるのもおもしろいでしょう。

───中央線の件に関しては、文献には載っていなかったのですが。

山内先生それは載っていなくて当然でしょう。行政がやっているのではなく、自然発生的にやっているんですから。結果としてパークアンドライドになっているのです。

───自然発生的にやるくらいの方が強い、持続する、ということですね。実地調査をやってみると、駐車場料金は全部行政持ちで実験的にやっているというところが多く、本格実施に伴って自己負担が必要になったときに利用者を確保できるのか、という心配はあります。継続的に実施している例としては、神戸市が挙げられると思います。

山内先生神戸市の例は地形的理由からですね。金沢も街が川で分断されていてそのために道が混みます。成功例として出てくるのは、だいたい地形的理由が絡んでいます。

───今回の研究でこのテーマを選んだ大きな理由のひとつに、鎌倉出身の部員がいて、彼がパークアンドライドに興味をもったから、ということがあるのですが、先生は鎌倉のケースをどのようにお考えになっていますか。

山内先生鎌倉のケースというのは完全なTDMの話です。車を止めさせて江の電の切符を配って、という意味ではパークアンドライドだけれども、それは鎌倉の考えている施策のうちの一つにすぎません。他にもロードプライシングなどを考えているようです。この鎌倉の例は、たまたま観光客相手であったし、市民憲章もつくり宣伝効果もあって実験も比較的うまくいったと言われています。それにたって議論するのであれば、パークアンドライドだけの研究でははっきり言って片手落ちですね。
この鎌倉の例は、日本でTDMが動きだそうとしている、日の目を見ようとしている、まさにその例なんです。市民参加型ですしね。もっとも市民参加と言っても、ちょっと悪口言う人は、「締め出すのは外から来た観光客だけで、自分(市民)たちは関係ない。」なんて言っています(笑)。そういう問題はあるものの市民参加型かつ提案型の議論で、まさにTDMの基本形といえるでしょう。だからこそ鎌倉では逆にパークアンドライドが有効だった、といえるのではないでしょうか。

───鎌倉の場合は、先生がおっしゃったようにマイカー観光客を規制して地元住民の交通の利便性を確保しようとしているのですから、外から来る人にしてみれば住民だけで勝手に決めてしまって、自分勝手だなあ、という気もするでしょうね。

山内先生金沢の例もそうでしょう。休日のパークアンドバスライドの実験をやりましたよね。

───もちろん、鎌倉にしろ金沢にしろ観光客の方にも交通がスムーズになるなどの利益をもたらすのはまちがいないと思うのですが。

山内先生もちろん便利になるところもあるでしょう。

───金沢市の場合は、規制を伴わないで駐車場に車を止めさせて、そこからバスで運ぶ、という形ですが、その背景には相乗りなど規制を伴うことをやると警察が嫌がる、ということがあるようです。そこで、警察の手をわずらわせないですむので実行に移しやすいパークアンドライドが採用されている面があるようなのですが。

山内先生相乗り車両についてはバス優先レーンを通す、というような制度が、昔新潟と金沢にあったようです。金沢はたぶんやめていると思いますが先程の話のような経緯から、やめてしまったんでしょう。(相乗りなどの規制を実施することに対して)警察が不快感を示す理由として、取り締まりのための警察官を増員しなければならない、取り締まりを厳しくすると警察の評判が悪くなる、また、市民からどれだけ成果があがったのかについて追及される、などが考えられます。しかし、新潟では制度はまだ残っているようです。私も新潟に行って警察の人のお話を聞いたことがあるのですが、(複数人員乗車車両優先レーンをつくるということは)やろうと思えばできるらしいです。しかし、今言ったように取り締まりのために相当の労力がいる、などということもあって、どこまで維持できるかという問題を警察の人は指摘していました。
アメリカのようにHOVのレーンをつくるとか、可変レーンをつくるとかそれくらいのことをしないとインセンティブを変えさせることはなかなかむずかしいですね。そんなことは日本ではほとんど不可能ですが(笑)。
ところで、鎌倉も金沢も観光需要を対象にやってみたらうまくいった、ということですが、観光というのはうつろいやすくて、ちょっとインセンティブを変えてやるだけで動いていきます。しかし、重要なのは通勤のような日常的なパターンを変えるということですね。そこまで踏み込めるような具体性、情報の完全性が必要だと思います。

───パークアンドライドに限らず、日本の行政が音頭をとってやることなんていうのは、鎌倉のような成功例があるにしても、だいたい失敗に終わっているケースが多いような気がします。やはり中央線の例(さきほどの武蔵小金井の例)のように自然発生的にやる、というのがいちばん望ましいと思います。

山内先生そうですね。TDM協議会のような場を設けて、そこで自由に意見を交換し、出てきたアイデアや案を実現できればより成功に近いものが生まれるでしょう。ただ、日本の(公的な)意思決定のシステムというのは、アイデアが地べたから出てきてボトムアップで決まっていく、なんていうのは非常に少ない。その点でどこまで大丈夫だろうか、という疑念はあると思います。
行政の失敗といえば、イギリスで以前、自家用車利用を削減してバスを活性化させる目的で、バスをすべて無料にする、という実験をおこなったことがあります。しかし、利用者は結局増えなかったという有名な失敗例があります。
繰り返しになるけれども全体的なインセンティブを変えていかないかぎり交通行動は変わらないと思います。

───建設省や運輸省がパークアンドライドを推進しようとしているということは、パークアンドライドに意義があると認められるからこそであると思うのですが。

山内先生私はやはりパークアンドライドは過ぎた施策だと思います。もはや過去のものでしょう。もちろんまったく否定するわけではありませんが、それによって大きな成果をあげようという立場はとれません。そうではなくTDMといった言葉で代表されるような全体の交通需要マネジメントを考えたほうが効果があると思います。
いま話題になっているのがさっき出てきたロードプライシングです。インセンティブの中でいちばん大きいのはなんといってもお金ですから(ロードプライシングは利用者の行動パターンを変えるのに大きな効果があるでしょう)。究極の手段だと思います。財政の苦しい行政にとっても(新たな財源の確保ができるという意味で)ロードプライシングは非常に魅力的なはずです。しかし、その前に法律の問題をクリアしなければなりません。具体的に説明すると、道路の無料開放原則、というのがあります。道路の中で料金をとっていいのは、橋と渡船橋(道路代替の渡し船)の類しか認められておらず、これ以外の道路は無料とすべき、という原則です。もちろん、有料道路や高速道路における料金徴収は、1954年の道路整備特別措置法により認められた特別措置です。これらを除くと無料が原則なわけですが、我々が議論しているロードプライシングというのはこの原則を覆そうとしているわけで今後の議論の対象になるでしょう。

───交通の需要というのはほとんどが派生的需要ですから、インセンティブをいじる、というのがむずかしいですね。これが本源的需要であればまだやりやすい面があるとは思うのですが、先生は、インセンティブを変えるための一つの手段としてTDMをお考えになっているのですか。

山内先生私はそのように解釈しています。ここから先はイデオロギーの問題になりますが、TDMというのは、日本語で「交通需要管理」と訳す場合があります。しかし近代経済学を学んだ(私のような)人間は、「管理」という言葉に対してものすごい嫌悪感をもつわけです。なぜかというと、管理とか規制とかいうものは、うまくいくケースもあるのだろうけれども、基本的には望ましくなく、経済的な自由が前提、というのがエコノミストの発想だからです。だとすると、交通需要管理というのは、他の分野では受け入れられるかもしれませんが、管理するということは、どこかで管理する側のおごりがあって失敗につながりかねない、と思うのです。
ボトムアップで、ということをさっきからしきりに強調しているのは、インセンティブをつくるシステムを変えることによってあとは利用者の選択に任せるべき、ということが言いたいためです。つまり、お金がかかっても車に乗りたい奴はロードプライシングをやったって乗るだろうし、もちろん鉄道を使う人もいれば相乗りを使う人もいるでしょう。そういう形にすればいいんです。私としては価値観を強制するのは嫌です。その意味で、インセンティブを変えて、行動をある意味では誘導する、だけどその結果は見えていないわけで、結果としてこうなるとかこうすべきだとか、そういう議論ではないと思います。
ですから、TDMは、「交通需要管理」ではなく、「交通需要マネジメント」と表現するべきだと思うのです。

…と山内先生にお話をうかがっていると、根本先生がいらっしゃったのでバトンタッチ、ということで、以下は根本先生へのインタビューです。

以下、根本先生へのインタビュー

───パークアンドライドや、その上位概念であるTDMについて、根本先生はどのようにお考えですか。

根本先生TDMというのはこれでやればうまくいく、というような強力な武器が1個あるわけではないので、いろんなツールを組み合わせて使う方がより有効に機能するでしょう。パークアンドライドも、そうしたTDMの中の一つの手段です。

───さまざまな交通手段のなかで、それぞれがどのように分担すれば適正になるのか、という問題とは別に、人々の生活態度を変えるとか、インセンティブを変えるとか、もっと大きなところから手をつけていく必要がありますね。

根本先生人々の嗜好とか交通のパターンなどは、私たちは予見でみるけれども、地球環境問題などを考えるときにはそういう前提をゆるめた上で、どういう交通システムがいいのか分析する必要があると思います。地球環境問題を考えた交通システムというのは日本ではまだ真剣に取り組まれているとはいえません。たとえば、イタリアなどでは大気汚染が深刻なために、交通取り締まり中の警察官が一酸化炭素中毒で死亡してしまう、などという切実な問題をかかえているわけで、日本とは比べものにならないくらい環境に対する意識が強いのです。自動車利用による大気汚染の被害が自分たちの身近に起こっているわけで、環境保護に対する意識が一般市民レベルにまで達しているのでしょう。日本では、環境保護のため、というインセンティブを持ちにくいのです。

───TDMはやはり社会的な認知が広まらないと効果があがらないという面はありますね。

根本先生みんなで負担をしあってよりよいものをつくっていこうというわけだから、そういう雰囲気づくりのために住民参加組織などで啓蒙活動をやりながらということになるでしょう。ひとつ好都合なことがあるとすれば、ITS(Intelligent Transport System)高度交通情報システムというのがドイツなどで実験が始まっています。車にのっている人でも電車の時刻表がリアルタイムで分かる、というシステムです。日本よりもドイツは電車の本数が少ないでしょうから、駅に車を止めたときに電車がすぐに来るか来ないかということは、パークアンドライドをする人にとっては切実な問題でしょう。電車が行ってしまった直後で20分待ちだとか、急行が行ってしまったばかりとか、そういうことになるとパークアンドライドをするメリットがなくなってしまう。だから車のなかでリアルタイムに電車の情報がとれるようになればパークアンドライドがよりすすむかもしれませんね。当然、電車の時刻とあわせて道路の混雑状況の情報もドライバーに提供すれば、電車とクルマのどちらが有利かということがひとめで分かります。さらに目的地での駐車場が空いているか、という情報も一緒にあると完璧です。そういう統合的な交通情報システムが近い将来できるでしょう。
日本でもTDMaやパークアンドライドが今後も進んでいく可能性は十分にあると思います。

───国内でパークアンドライドを実施しているところでは、長い間やっているところにせよ実験的にやっているところにせよ、パークアンドライドだけ、というところがほとんどで、そのほかの施策を組み合わせているところは見当りませんね。

根本先生今のところはまだないですね。今後の課題だと思います。


お二人の先生のパークアンドライドに対する見解にも相違が見られ、興味深く思われました。

最後に、こころよくインタビューに応じてくださったお二人の先生に、この場を借りて部員一同深く感謝いたします。ありがとうございました。(終)


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Last modified: 2008/9/27

一橋大学鉄道研究会 ikkyotekken@yahoo.co.jp