第1部 パークアンドライドとは何か

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第1章 パークアンドライドの歴史と多角的分析

第1節 総合交通体系の整備

パークアンドライドという交通システムは、単純に言ってしまえば自動車と公共交通(バス・鉄道など)を結合させ、都心の自動車の交通量を減らして都心の道路事情を好転させようとする、TDM(交通需要マネジメント)の中の一つの施策である。乗り換えの負担をどれだけ減らし、複数の交通機関が円滑に働くように調整していくのが総合交通体系の整備という考え方である。パークアンドライドについて考える前に、まず都市形成と総合交通体系との関連についてみていきたい。

1. 都市形成と交通とのかかわり

(1) 公共交通と都市化

都市内部に限らず、都市形成の歴史を語るとき、交通の歴史と分けて考えることはできない。人間は昔から馬や車などの交通手段を発明していたが、実際それらを利用出来たのはごく一部の上流階級に限られ、一般の人々にとっての交通とは長らく徒歩であった。18世紀のイギリスに端を発する産業革命は都市への人口集中を助長したが、それでも居住圏は徒歩で通勤できる範囲にとどまっていた。

都市圏の変容は、一般市民が利用可能な交通手段、即ち公共交通の出現により始まる。当初は馬車、やがて蒸気機関が発明されて鉄道営業が始まると都市の郊外への拡大が進んだ。ただ、この時点では鉄道は加速性能も悪く、駅から接続する交通が発達していなかったために駅周辺だけしか市街地化しなかった。こうした線的発展から面的発展へと変化するのは20世紀以降のことである。鉄道の動力源の電化・ディーゼル化、及びガソリンエンジンによる自動車の出現と道路整備、そして乗合バスの整備がそれらである。このように、都市の成立過程には交通整備が密接な関連を持っている。

(2) 都市公共交通の変遷と自動車交通の進展

交通手段の中で特に都市発展に貢献したのは鉄道と自動車であるが、両者は多くの相違した性格を持っている。まず鉄道を見た場合、高速性の保持には乗降場所をある程度の間隔で離さなければならず、コスト面から見ても駅を多く設けたり移動させることは難しい。これは都市や集落に対して拡散を防止しているのであるが、ある意味では市街の中心を外的条件として付与しているとも言える。駅の存在が役場や学校などの存在と相まって人的流動が形成され、二次的に商業施設の立地が導かれる。これは言わば「駅の集積効果」と呼ばれているものである。

一方自動車の場合、公共交通であるバス交通では停車位置の新設や改廃は容易であり、集積効果は薄いと考えられている。また、自家用車は「行きたいところに行ける」という交通サービスの利便性の本質に最も即したパーソナルな移動手段であり、駅やバス停での乗降といった特定の人的流動の集積は起こらない。市街の中心を形成する諸施設が計画的に配置されていれば話は別だが、道路だけの市街は大規模商業施設が郊外に分散して立地する傾向があるので交通も分散しやすく、公共交通は存続が難しくなりやすい。自動車交通は鉄道交通がなしえなかった都市の面的発展を促すだけでなく、鉄道を含めた公共交通に対して排他的存在になるのである。

具体的に我が国における都市公共交通の進展を追うことにする。1882(明治15)年に東京に登場した馬車鉄道が都市公共交通の最初であるといえるが、本格的な整備は1895(明治28)年に京都に開業した路面電車からである。路面電車はこの後1903(明治36)年の大阪を皮切りに大都市で公営の市電として都市公共交通の主役となる。時を同じくしてバスが登場する。バスは路面電車における軌道などの特別な施設を必要としない簡便さから大都市に限らず中小都市にも普及していった。また、地下鉄は1927(昭和2)年に東京に登場し、1933(昭和8)年には大阪で公営の地下鉄が開業した。ただし、地下鉄の建設には莫大な資本が必要であり、この時点では現在のような網の目状の路線網を築くまでには至っていない。

我が国の都市内の交通は太平洋戦争期を挟んで1950年代まで路面電車が主力、それをバスが補完する体制が続いた。それが一変するのは高度経済成長がもたらしたモータリゼーションによってである。「パブリカ」という大衆車を意味する名前を付けられた自動車が売り出されたころから自家用車の台数は急増し、各地の都市の随所で渋滞の光景が見られるようになる。軌道敷への自動車が進入し、路面電車の運行に重大な支障が生じた。路面電車の機能低下に対しては公共交通では二つの対策が取られた。一つは、自動車の物理的影響を受けず、スピードと輸送力が確保できる地下鉄への転換であり、もう一つは、埋没費用(注)が小さいバスへの転換であった。これを機に地下鉄は路面電車の代替として本格的に整備が始まる。ただ、地下鉄は建設に時間と莫大なコストがかかるために東京や大阪などの大都市に限られた。また、路面電車が生き残った広島などごく一部の例外を除き、中規模都市ではバスが公共交通を全面的に担うことになった。

しかし、モータリゼーションの進展は道路混雑を激化させバスの運行さえも滞らせ、代替すべき公共交通のないまま、様々な試行錯誤をしている。

(注)埋没費用[sunk cost]
物理的には残存価値がありながら、 事業撤退の際に回収できない投資分に対応するcostのこと。 この場合で言えば、 鉄道運送事業(路面電車・地下鉄を含む)が 事業から撤退する際に軌道や車輌を転売することは困難であるが、 道路運送事業(バス)は車輌の中古市場が十分発達しており、 固定費用の回収が容易であるということである。

2. 総合交通体系の必要性とその思想

前項で見てきたとおり、人々の移動のフレキシビリティ(自由度)に大きく貢献した自動車は、都心における交通渋滞を引き起こし、公共交通との整合も果たしていない。自動車が公共交通より優位に立っているものの、自動車をある程度公共交通に転換させなければ、自動車もその利点を発揮できない。そこで、複数の交通機関を複合させた総合交通体系整備の必要性が叫ばれている。総合交通体系の整備は都市構造の根本にも関わり、一朝一夕に可能となるものではない。また、自動車を完全に排除して考えることはできず、どの様に総合交通体系に組み込むかについても難しい問題である。そこでこの項では、総合交通体系整備に不可欠な二つの思想−「交通の分離」と「交通の連続」−について述べる。

(1) 交通の分離

第一に挙げられるのは、「交通の分離」である。分離は各種交通サービス間の分離と、同一交通サービス内での分離に分類される。具体的には前者は歩車分離の手段としての歩道・自動車専用道の整備などであり、後者は域内自動車と通過車両を分離するバイパスの整備が挙げられる。

都市の周辺人口が拡大すると、それら周辺部から中心部へ流入する動きとともに、都市内を通過して周辺部から周辺部、あるいは別の都市中心部への流動が発生し、これらが一つのゾーンの中で様々な交通需要が交錯し混雑が発生してしまうのが実情である。

(2) 交通の連続

交通の分離は各交通サービスがそれぞれ有効に働くことを目指しているが、一方でその幾つかを組み合わせて利用していくためには、分離された交通が利用しやすいように連結されている必要がある。これが「交通の連続」である。「交通の連続」性を高めるためには、ハード面では駐車場・ターミナルといった交通結節点施設の充実が必要である。ターミナルの充実とは公共交通同士の同一平面での乗り換えにとどまらず、実際の公共交通乗り換えの手段である徒歩交通を支援するエスカレーター・エレベーター・動く歩道の整備をも指す。またソフト面では、ゾーン制運賃などを導入することで公共交通を乗り継ぐ際の運賃の割高感を解消させるという対策が考えられる。ゾーン制運賃とは、複数の公共交通の運賃体系をゾーンを設けることで共通化するものである。

第2節 パークアンドライドの歴史

1. パークアンドライドの採用

パークアンドライドが発案されたのはヨーロッパである。ロンドン・ミュンヘン・ハンブルグ・パリ・リヨンなどの都市で、1970年代から、郊外の鉄道駅や地下鉄駅の周辺に駐車場を整備することで都市中心部へ流入する自動車の台数を減少させる試みが始まった。

中でも、ハンブルグで導入されたパークアンドライドは、運輸連合との相乗効果もあって特に注目される。ハンブルグの運輸連合は1965(昭和40)年に結成された。各個別企業が独自の料金・時刻表・運賃体系・宣伝などで公共交通サービスを提供していたが、これらを共通化して乗客のニーズに応えたものである。そして、1985(昭和60)年に運輸連合のサービス圏内の12路線51の高速鉄道の駅に総計8100台分の駐車スペースを設置した。

また、リヨンでは1984(昭和59)年に地下鉄駅8箇所に1760台分、郊外鉄道駅4箇所に210台分のパークアンドライド駐車場が整備されている。アメリカ合衆国では一般に都市と郊外を結合する鉄道の整備はなかったため、自動車とバスとを結合させるパークアンドバスライドの導入例がみられる。ワシントンでは、バス停に駐車場を隣接させ、さらにバスも専用道路を走行するシステムを導入している。また、サンフランシスコではBARTと呼ばれる新交通システムの導入が進んでいるが、このBARTの駅にも駐車場が整備され、パークアンドライドの導入が念頭に置かれている。

(※我が国においての採用については後の章において詳細に扱った。)

表1-2-3
世界主要都市のパークアンドライド駐車場
(「都市交通の連続性向上と交通結節点」(日本交通計画協会)より作成)

都市名 人口(100万人) 面積(平方Km) 地下鉄駅数 P&R駐車場 駐車場容量
パリ都市圏 7.4 1,124 335 59 32,090
リヨン 1.2 500 17 1 270
マルセーユ 1.0 300 12 6 1,100
ミラノ 1.7 182 46 4 2,500
ハンブルク 1.7 726 80 27 3,930
ストックホルム 1.5 -- 94 18 2,640
グラスゴー 2.4 138 15 68 3,120
ニューキャッスル 1.4 543 41 11 640
ロッテルダム 0.8 252 12 5 1,790
トロント 2.3 631 58 9 7,180
モントリオール 2.0 721 -- 8 4,120
アトランタ 1.1 -- 13 9 5,400
シカゴ 3.9 715 140 10 4,130

2.パークアンドライドの思想

パークアンドライドのシステムは、ヨーロッパにおいて発案された。では、なぜヨーロッパの都市なのだろうか。そこに、パークアンドライドの思想を見いだすことができる。

ヨーロッパの都市は、神殿を中心に円形に城壁で囲まれた城郭都市の形態をとり、中世に交通・貿易が発達しても僧院・寺院を中心として商業施設が密集する形を保持した。都市と都市を結ぶ街道への出入口は、城壁の切れ目に限られていた。近代国家の時代に入り、都市は城壁を持ち独自性を保つ理由を失う。都市域の拡大にとっては、城壁は不要なものとなった。

しかし、前述したように、自動車の普及と共に都心部での交通麻痺が起こる。自動車が都心部に流入するのを防ぐのに、かつての城壁の存在が再びクローズアップされる。すなわち、城壁は旧市街と新市街の境界に位置し、自動車の流入を抑止するには好都合である。旧市街は再開発が進んでいない場合は道路が狭隘であることも多い。そこで、郊外から都心への間のボトルネックで自動車を止め、公共交通が都心部への輸送を担当するシステムが開発された。これがパークアンドライドの思想と言うべきものであろう。ただし、都心へ向かう道路は無数にあり、中世のように出入りを物理的に制限することはできないし、それらの道路全てに駐車場と公共交通を整備することは不可能である。そこで、現代ではピークロードプライシングや混雑税という経済的な「城壁」を設定することで、パークアンドライドを更に有効に活用することが出来ると考えられている。

また、第1節で見てきた交通の分離・交通の連続とパークアンドライドとの関連を考えてみる。

自動車の都市におけるトリップは、一括りに言い表せるものではない。朝夕の自宅と会社の往復のみに自動車を利用する人もいれば、宅配便業者のように何箇所も配達先に回るようなトリップも存在する。これらが都心の狭い道路空間に集中することが渋滞の原因になっている。そこで自動車の台数を減らす施策が必要になるが、全ての自動車を排除することは非効率的である。先ほどの例示で言えば、自宅と会社の往復のトリップはある程度公共交通を利用することで集約することが出来る。一方宅配便に見られるトリップは、戸口間相互の輸送という自動車の特徴を生かしており、他の交通へと転換すべきではない。前者のトリップと後者のトリップを分離することで渋滞を解消し、後者のトリップはその特性を更に発揮できるのである。

自宅と会社の往復のトリップを公共交通に集約させるといっても、全ての利用者の家の前に駅・停留所を設置することは不可能であり、駅・停留所までは自動車を利用することとなるだろう。そこで公共交通との結節点の連続性を充実させなければならない。具体的には、駅・停留所には十分な容量の駐車場を設置することはもちろん、駐車場から乗降するまでのバリアフリー(障害がなく距離も遠くないこと)を確保させることである。以上はハード面での問題であるが、駐車場料金と運賃を一体的に設定し利用者の便を図るというソフト面での充実も必要である。

第3節 都市交通適正化の概念と施策

1. 都市交通適正化の概念

従来の都市交通計画は、将来の交通需要を計画的に受け入れ、移動性を確保することを最優先にしてきた。一方、その計画実施がもたらす影響には交通需要とは直接結びつかない車両技術や各種対策によって対応され、移動性確保の前提となる道路整備実現への課題は交通計画の策定とは別次元で検討されてきた。

しかし、財源不足や社会的合意の形成不足による施設整備の遅れとともに、自動車利用拡大の社会的影響の大きさが交通計画策定において考慮されるようになると、現在の交通需要、とりわけ自動車の交通需要はその社会的影響や道路などの施設整備の実現可能性と比べて過大ではないかという議論が生じてきた。そして、交通需要、交通が与える社会的影響、交通需要を支える社会資本の実現可能性のバランスを確保し、もって交通の需給ギャップを縮小し、安全かつ快適で、環境および財源への負担が少ない交通サービスの提供を目指すという考えが注目されるにようになった。

このバランス確保を総称するものが都市交通適正化の概念であり、複数の交通機関の総合的な整備により交通供給の効率化と利便性の向上を目指すマルチモーダル(あるいは、インターモーダル)体系構築や交通需要マネジメント施策などの基底となる考えである。

2. マルチモーダルの思想

マルチモーダル(Multimodal)施策とは、これまで総合交通体系、モーダルシフトといった言葉で称されてきた施策を統合したものといえる。

利用者にとってマルチモーダルとは、出発地と目的地間の移動において複数の交通機関が利用可能な状態にある、さらに複数の交通機関を乗り継ぐことが可能な状態にあるという、交通機関選択の機会の提供を意味する。

一方、交通計画策定の立場からは、多重投資を避ける効率性の追及と代替交通機関の整備という一見矛盾した考えが見出される。後者の考えは、複数の交通機関利用の選択機会の提供からのみならず、地震、異常気象などの非常時の機能分担という点からも要請される。

また、複数の交通機関の乗り継ぎでは、鉄道とバスの運行連携や駅施設の改善、あるいは都心部と空港のアクセス整備といった交通機関の結節点整備が要請される。この結節点での交通機関間の連携がうまく機能することを前提に、各交通機関がいかに交通需要を調整・分担していくのかという交通需要マネジメントの視点でマルチモーダルを捉えることも可能である。

しかし、マルチモーダルの考え自体は、総合交通体系と称されていた頃を含めると四半世紀以上の歴史があるにも拘らず、この思想に沿った交通政策が実施されてきたとは言い難い。いざマルチモーダル施策を行うとなると、交通利用者の理解・協力や財源の裏付け以外に、運輸・建設・警察・自治などの中央省庁、都道府県、市町村における硬直化した縦割り行政や地方独自の施策を困難にする補助金の画一的、恣意的交付といった弊害に直面することになる。ただ、こういった弊害解決を模索する動きも始まっており、建設省・運輸省・国土庁により「マルチモーダル推進協議会」が1995(平成7)年に設置されている他、個々の施策についても省庁横断的な政策調整の場が設けられつつある。

3. 交通需要マネジメント(TDM)

交通需要マネジメント(Transportation Demand Managementの頭文字から、TDMと称される)施策は、従来の需要追随形の交通計画策定を改め、既存の交通システムの利用を前提に、交通容量を超えないように交通需要を調整することを目指すものである。それゆえ、TDMは人々の交通行動の転換、とりわけ自動車利用者の交通行動の転換を促すことを意図した多様な施策を含んだものとなる。それらの施策は、(1)自動車の効率利用、(2)移動経路の変更、(3)交通手段の変更、(4)発生源の調整、(5)移動時間の変更などに分類され、各地域の実情に応じて選択的に実施される。

また、近年TDMの実施に当たっては、一方的に行政が立案・実施するのではなく、日ごろ道路を利用する地域住民、民間組織、公的組織が一体となり、意見の交換、利害の調整を行う場を設ける動きが各地で起っており、今後の交通施策実施のありようを示すものとして注目されている。このような動きが起こってきたのは、TDMが従来自由とされてきた個人の生活や各企業の活動自体の変更を促していくものであり、そのため個人や企業の理解、協力が無ければ効果を上げることが難しいからである。また、地域単位で交通の在り方について協議していくことで、その地域の実情にあった施策を柔軟に選択できるという利点がある。具体例として、鎌倉市における交通需要マネジメント施策を検討・実施した「鎌倉地域交通計画研究会」が序章で触れられており、参照して頂きたい。

(1) 自動車の効率利用の促進
自動車の相乗りや共同集配などにより、交通量削減を目指す。相乗りの促進とは、1人の自動車通勤を規制し、自動車1台ごとの乗車効率を高めることにより自動車交通量を削減する施策で、マイカーの相乗りはカープール、バン等の相乗りはバンプール、相乗り車両はHOV(High Occupancy Vehi- cle)と呼ばれている。相乗り促進策として、高速道路における相乗り車専用レーン(HOV専用レーン)や専用ランプの設置、さらに相乗り車を優先する駐車場の設置といったことが考えられる。とりわけ、HOVレーンは米国で積極的に導入されている。

また、共同集配とは一定地区内での配送物の集配達を現在のように各社ごとに行うのではなく、地区に設けられた配送センターより先の各企業・家庭への個別配送は1社またはごく少数の運送会社に請け負わすことをいう。

しかし、前者では相乗り車専用レーンへの一般車両の流入をいかにして防ぐのか、そもそも国土が狭隘で地価の高い日本で既存の道路にさらにHOVレーンを設置することの現実性がどれほどあるのかという問題がある。また、後者では激しい競争を繰り広げている運送会社間の利害調整や、そもそも自由な競争を規制によって制限することが社会的に認知されるのかといった問題を孕んでいる。

(2) 移動経路の変更促進

道路交通情報の提供により、混雑地域の交通量の分散を目指す。この施策については、ITS(Intelligent Transport System:高度道路交通システム)と称される最新の情報通信技術を導入したシステムの開発が積極的に進められている。具体的には、VICS(道路交通情報通信システム)によるドライバーへの道路交通情報の提供が既に1995(平成7)年から欧米諸国に先駆けて実施されている。その他にも、有料道路の料金所における自動料金収受、ドライバーに対する危険通告や運転補助および自動運転、信号制御等の交通管制システムの高度化などの技術の開発が行われており、今後のTDMを行うにあたり大きな役割を担っていくことが予想される。日本におけるITS推進の取り組みは、1995(平成7)年に内閣総理大臣を本部長とする高度情報通信社会推進本部が公共分野の情報化や情報通信施設の整備などに積極的に取り組むことを明らかにした基本方針策定に始まる。これを受け、建設省、警察庁、通商産業省、運輸省、郵政省の5省庁が21世紀初頭をめどにシステムの完成を目指すITSガイドラインを策定、翌96年には「ITS推進に関する全体構想」の策定や「ITS関係5省庁年次レポート」の作成、「第1回アジア太平洋地域ITSセミナー」開催の支援、「第3回ITS世界会議」への参画などが行われている。また、欧米においてもITSは積極的に推進が図られている。とりわけ、米国では1993年以降毎年2億ドル以上の連邦予算が投入され、1996年には今後10年間で全旅行時間を15%短縮すべく1兆円規模の新たな交通基盤の導入を提言する「時間節約作戦(Operation Time Saver)」が出されるなど、研究開発から整備段階に移行しつつある。

(3) 交通手段変更の促進

公共交通機関の利便性を向上させることにより、これまで自動車を利用していた人々を公共交通機関の利用に移行させる、あるいは自動車利用者に新たなコストを負担させ、また都市内の駐車場を減らすなど自動車利用抑制策を採り、交通量削減を目指す。

日本では、何らかの公的介入を伴う後者の自動車利用抑制策はほとんど採用されておらず、もっぱら前者の公共交通機関への自動車利用者の誘導が図られている。この代表的な施策として、当研究誌のテーマであるパークアンドライドがある。具体的な事例の紹介など詳細は他の章・節にゆずるとして、ここではパークアンドライドと他の施策との関係について考えてみたい。このパークアンドライドを成功させるためには、自動車を降りてから先の公共交通機関の利便性の確保が不可欠である。ここでいう利便性とは、自動車よりも目的地へ早く到着できること(速達性)、渋滞に巻き込まれず目的地までの所要時間が一定している(定時性)、移動時間中を快適に過ごすことができるの3点であろう。ただ、最後の快適性については、私的空間を占有できる自動車に公共交通機関が優位に立つことは困難であるので、自ずから速達性・定時性をいかに確保し、公共交通機関利用の動機を人々に喚起するのかが問題となる。

そこで、有効な施策として考えられているのが、バス専用レーンや路面電車の近代化などである。バス専用レーンは、車線の一部を路線バス専用の走行車線とすることで、ラッシュ時の交通渋滞に関係なくバスの走行を可能にし、自動車に比べ速達性・定時性を確保するものである。専用レーンについては、既存の車線を利用するものや、新たに中央分離帯部分を壊しレーンに造り替えるものなど、朝夕のラッシュ時間で進行方向が変わるものもある。また、近年積極的に進められている路面電車の近代化は、渋滞緩和策よりも利用者離れを食い止めるという経営面からの要請が強いようである。しかし、車道と軌道の分離や優先信号の設置、加減速性能にすぐれ交通弱者にも対応したLRTの導入(コラム参照)などは、自動車交通との利便性の格差縮小をもたらすものとして注目される。

(4) 交通需要発生源の調整

交通需要の発生源、つまりラッシュ時の混雑・渋滞をもたらす通勤・通学による交通需要そのものを減らしていこうという考えを指す。

具体的には、郊外の自宅と都心のオフィスを回線で結び、仕事を自宅のパソコン上でなるべく行っていくというテレコミューティングや、もっと根本的に都心部に集中している商業や行政の機能を郊外に分散させるといった施策が考えられている。しかし、これらは交通の範囲を超えた中長期的な取り組みが求められるもので、短期的に交通問題を解決あるいは緩和する施策とするのは難しい。

(5) 移動時間の変更

朝夕の交通混雑のピーク期に移動するのを控えることで、全体として交通混雑を平準化することを目指す。近年、行政や鉄道会社などが行っているオフピーク通勤のキャンペーンはその典型例といえる。具体的な施策としては、人々に移動時間の変更を促す施策として、職場へのフレックスタイム制の採用やピークロードプライシング導入の検討が行われている。まず、フレックスタイム制は、従来の9時から17時といった全社員均一の勤務体系から、例えば11時から16時までを全社員が勤務する時間帯とし、その前後3時間を各社員の都合に応じて自由に出退勤できる時間(当然8時間労働に従事する)とする制度である。これにより、社員は通勤ラッシュのピーク期を避けて通勤し、もってピーク期の混雑の緩和が期待されることになる。しかし、フレックスタイム制が行政や鉄道会社、マスコミなどに取り上げられて久しい現在でも、制度を採用する企業、あるいは採用されていても実際利用する人々は余りいないようである。最大の問題点は、取引先がある中で、一方の企業あるいは社員の都合で始業・終業時間を変更することが困難なことである。よって、フレックスタイム制を交通混雑の平準化への貢献まで至らしめるには、かなり広範囲の商習慣の変更が必要であり、自発的な動きに依存する限り困難といえよう。

そこで、最近注目されているのがピークロードプライシングの導入である。これは、混雑時の道路の通行料金や鉄道の運賃などをそれ以外の時間帯よりも高くし、利用者に直接金銭的負担増を強いることでピーク期の交通量削減を目指すものである。この施策については、終日慢性的に混雑する一部の都市高速道路などを除いて、かなり交通量削減に効果を上げるものと期待されている。しかし、ピークロードプライシングには、現行の道路政策や鉄道・バスなどの運賃体系と馴染まない、あるいはもっと端的に利用者の理解が得られないなどの反対意見が根強く、まだ導入に至っていない。また、相当の割り増し料金を設定しなければ、結局商習慣の維持が優先されてそれ程効果は上げられないだろうという試算も出ている。

以上、5つの見地からTDMの施策を見てきたが、いずれも交通混雑緩和の特効薬といえる程のものはなく、これらの施策をいかに選択するのかが問題となろう。また、先に触れたように、TDM施策は通勤・通学者をはじめ、地域住民や各企業の協力、意識によるところが大きい。よって、行政・交通事業者の積極的な広報活動、情報公開はもちろんのこと、市民・企業を交えた意見交換の場の設定がこの問題の解決・緩和に重要な役割を担っていくものと考えられる。

4. 日本における都市交通適正化施策の課題

本節を終わるにあたり、日本の都市交通適正化施策の課題について考えてみる。まず、都市交通適正化施策の有効性を確保するためには、公共交通機関利用の促進策と自動車交通抑制策の組合せや、施策を実施・整備するための財源確保が重要な問題となる。

欧米に目を向けてみると、公共交通機関の利用を促進する施策と同時に、自動車利用を抑制させる施策を行うことは、合理的なものとして重視されている。例えば、パークアンドライドの整備やLRTの導入による公共交通機関の利便性向上を図りつつ同時に都心部の長時間用駐車場を削減する、ロードプライシングの導入、あるいは都心商業地域にトランジットモール(コラム参照)を整備し、自動車の立ち入りを禁止もしくは制限するなどである。また、財源の確保策としては、交通違反罰則金や交通税の導入、あるいは都心部事業者に駐車場設置義務を課し、提供される公共交通のサービス水準に応じて駐車場設置費用の一定割合を負担金として行政に納付し、この負担金を郊外のパークアンドライド駐車場の整備・管理費用に充てるパーキングディスチャージとよばれる施策などがある。

一方、日本では、パークアンドライドやバス専用レーンの導入など公共交通機関の利便性向上策は実施されているものの、具体的な自動車交通抑制策はほとんど採用されていない。しかし、これでは従来の自動車利用者が公共交通機関利用に移行することで一時的に交通混雑が緩和されたとしても、かえって道路交通全体の利便性が回復することで潜在的な自動車利用を喚起し、効果を相殺してしまいかねない。また、財源面においても、パークアンドライド利用者からの駐車料金徴収といった受益者負担的な施策はとられているが、利用者の負担増はそれだけ公共交通機関を利用しようという動機を減退させてしまう。

以上を勘案すると、日本においても従来の諸制度、商習慣、生活意識にとらわれない施策、あるいはそれらの変化を促す施策の導入が、都市交通問題解決の端緒を得るためには求められている。しかし、こういった施策の導入には複雑な利害の対立を調整し、社会的合意を取り付ける必要があり、一朝一夕にはいかない。よって、施策の効率的運用を念頭に置きつつ、実施できる施策から順次行い、一方で中長期的視野に立った施策導入のための社会的合意の形成を粘り強く行っていく必要があるのだろう。


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Last modified: 2008/9/27

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