第3部 今後の課題・展望


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第1章 財源問題

公共交通のバリアフリー化を推進するためには、そのための財政的裏付けが当然必要となる。 そこでこの章では、それに欠かすことのできない財源問題についてみていきたい。

1. 財源の種類

具体的な問題について触れる前に、財源の種類についてみていきたい。 使いやすい交通サービスをめざすには様々な事業運営および施設建設のための多くの資金を要する。 それを賄うべく財源は大きく分けると現在、利用者負担・公共負担・間接受益者負担による三つに区分することができる。

(1) 利用者負担

利用者から運賃を徴収し、その収入によって様々なコストを回収するシステムを指す。 主な民鉄ではこの運賃収入を経営の基盤としている。

わが国の鉄道そのものがこのシステムを基本として整備されてきた。 また日本の鉄道に関する資金調達において、利用者負担の果たしている役割は大きい。 他の方法に比べて、利用者の選好が反映されやすいこと、企業経営における緊張感の確保などの点で、利用者負担とそれによる独立採算性が、鉄道整備の有力な方法の一つであるといえるからである。

(2) 公共負担

国ないし地方自治体の一般会計予算による補助金によって様々なコストを回収するシステムを指す。 最も明確な形としては一般財源から補助金を与えることが挙げられる。 一般財源とは地方自治体などが自治活動のために自由に使用できる財源のことを指す。 そこからある一定の額を投資することで事業を運営していくというものである。

(3) 間接受益者負担

施設設備によって利用以外の便益を受けるものによる負担によって様々なコストを回収するシステムを指す。 現在導入が検討されている。 間接受益者とは当該鉄道の新設によって間接的に利益を受ける者であり、具体的には沿線の土地所有者、業務中心地区の事業者、および代替路線や代替的交通機関の利用者を主に指す。

以上三つが主な財源の種類である。

2. 財源問題の内容

前項では財源の種類について述べてきたが、ここではそれを踏まえて、実際どういった点が問題となっているのかを詳しくみていきたいと思う。 二つ取り上げたい。

(1) 利用者負担の限界

利用者負担は事業運営などにおける費用負担の中心的役割を今まで担ってきた。 しかし都市化が進行した地域における、例えば鉄道建設のために要する資金は巨大であり、その回収には多年を要する。 また、自家用乗用車を始めとする代替交通機関が発達した今日、大都市中心部および周辺部の通勤・通学交通を除けば、必ずしも鉄道が絶対的な独占力を有しているわけではない。 このような理由から、利用者負担を中心とした鉄道整備は、通常の企業ベースではかなり厳しい状況になっており、利用者の負担だけでの独立採算性を維持することは難しくなっているといえる。

そのため先進諸国の中には、特別な財源の一つとして都市交通税(正式には公共交通補償拠出金)を取り入れている国や地域がある。 代表的な例としては、フランスやアメリカ合衆国のポートランド都市圏が挙げられる。 また都市交通税のねらいは諸費用と運賃収入との差額をうめて公共交通機関を維持することである。

(2) 間接受益者負担の早期導入

前述した問題を受け、古くから施設整備を推進するには、公的資金やそれに準ずる財源を利用すべきであるといわれてきた。 そこで従来からの財源調達方法を抜本的に見直して間接受益者負担を導入しようというのである。 大きくみてその利点は2点ある。 1点目はまず事業運営の資金調達を多様化できるという点である。 そして2点目は負担の公平化を達成できるという点である。

しかしながら、受益の範囲の特定化が困難であること、受益の程度が明確に測定できないこと、地価が上昇してもそれは居住者にとって実現された利益ではなく潜在的利益であるために受益者である実感がないこと、などにより大規模な実施は難しいなどの問題点も抱えている。

3. 他国の大都市にみられる具体例

次に、本項では日本と比較すべく、世界都市における財源問題についてみていきたい。 具体例として、ニューヨーク、パリ、ロンドンを挙げたい。

(1) ニューヨーク

かつてのニューヨークの財源は道路、公共交通、交通計画といった分野ごとにそれぞれ分割されていた。 しかし1998年に制定された国の交通政策に関する「21世紀に向けた交通衡平法」はこの原則を打ち破り、交通信託基金(Transportation Trust Fund)をすべての交通手段のあいだで柔軟に活用する方法であった。 この「21世紀に向けた交通衡平法」は今後6年間に最低でも1980億ドルの財源を確保しており、そのうち最低でも340億ドルを公共交通に充当することが定められている。

また同法は、雇用主が支払う公共交通料金に対し、毎月65ドルを限度に非課税とした。 この額は2002年までに、月100ドルにまで引き上げられる予定である。

(2) パリ

フランスには、利用者、雇用者、地方団体、国のそれぞれを負担者とするさまざまな種類の交通の財源のしくみがある。 フランスの他の地域圏と違って、パリでは、主要な公共交通への投資に関しては、パリ運輸連合が、地域圏当局との調整もとりながら、政府の複数の省にかかわりをもつ組織である経済・社会開発基金と責任を分担している。

パリ運輸連合の予算の大部分は雇用者税を担保とした「交通積立金」が財源である。 この積立金は、パリを含むイル・ド・フランス地域圏にある10人以上の賃金従業者を雇用している事業者が払い込んだものである。 「交通積立金」の85%は、公共交通機関が定期券発行にともなう利益の減少を埋めるための補助金に使われている。

(3) ロンドン

イギリスの交通に関しては、国による財源が数多くある。 しかし、投資プロジェクトにおいて政府の資金負担を軽減するため、民間セクターが参画することが大いに期待されている。 国有鉄道であった英国鉄道が最近民営化されたほか、国はさまざまなプロジェクトに対しても積極的に民間の参画を奨励している。 しかし全国鉄道に関する計画は存在しておらず、新線への投資もほとんど行なわれていない。 英国鉄道の民営化は1997年に完了し、新規の建設についても、一部例外を除き、国の補助金は使われていない。

ロンドン運輸公社は、地下鉄の運行に関しては国の補助金を受けていないが、バスの運行、新線の建設、既存の軌道・駅・車両の維持・更新については、資金の提供を受けている。 財源の規模は政府の財政事情と支出の優先順位によって毎年異なり、ここ10年ほどのロンドン運輸公社の財政規模は一定していない。

また、政府の1998年の交通白書によると、道路通行料金と業務用駐車料金の導入が可能性として提示されたが、まだ実行に移されてはいない。

4. 今後の指針

冒頭で述べたように、公共交通のバリアフリー化を推進するためには多額の資金を要する。 さらには既存駅の改修等にあっては、設置空間の確保が容易でなく、用地確保や付帯工事で追加費用を要するなど、資金的・物理的に容易でないケースも多い。 また、ノンステップバス等の導入についても現時点では割高な費用負担となっており、これらの施設整備等は、コストに見合うような利用者の需要増には直ちに結びつかない。

また一方で交通事業者は、利用者数の伸び悩み、競争の進展等により厳しい経営環境下にあり、コスト削減が強く求められる状況下にあるといえる。 こうした中で、今後バリアフリー化を推進していくためには、まず限られた財源を最大限に有効活用する必要がある。 そして事業者側においては、バリアフリーに係る利用者ニーズをより的確に把握し、効率的、効果的な施設整備やサービス提供に努める必要がある。 国や地方公共団体においても、

  1. バリアフリー促進のための補助制度等の支援措置等による適切な対処
  2. 今後の取り組みに当たって先駆的、模範的ケースとなるようなモデル事業実施
  3. 移動制約者のためのわかりやすい公共交通利用案内システムの構築等

を地域の実情を踏まえながら、また、地域の自主性に配慮しつつ推進していく必要がある。 各関係者に求められる役割は大きい。 今後に期待したい。


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Last modified:2008/9/23

一橋大学鉄道研究会 ikkyotekken@yahoo.co.jp