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大都市の公共交通機関は、これまで大変な混雑の問題を抱えてきたので、 その混雑を少しでも和らげることが急務とされてきた。 「利用しやすい」あるいは「便利」といったところまで、 なかなか対策の手が回らなかったのが実状である。 もちろん地下鉄の新路線の建設といったような施策によって、 昔に比べると格段に便利になってはいるが、 それでも、やはり安く大量に安全に運ぶということが最大の目標であった。 これは、公共交通機関の宿命のようにも考えられてきたが、 昨今は経済成長の鈍化による輸送量の伸び悩みと社会のニーズの変化によって、 ただ運ぶだけにとどまらない利用しやすい公共交通への発想の転換が必要になってきつつある。
利用しやすい公共交通を目指していく中で、子供やお年寄り、身体の不自由な人といった いわゆる「移動制約者」への対応は極めて重要である。 1973(昭和48)年の国鉄中央線を皮切りに全国へ広まった「シルバーシート」は 移動制約者対策としてとても身近なものであろうし、 地下道や駅のプラットホームに設置が進んでいる エレベーター、リフト付きバスやノンステップバスの導入も移動制約者を意識したものである。 さらに「バリアフリー」の視点に基づいた施策も注目を集めている。
しかし移動制約者への対応だけでは、真の利用しやすい公共交通が実現されないのはいうまでもない。 そもそも移動制約者向けの施策は一般の人々へも恩恵をもたらすことが多いであろうし、移動制約者を特別に意識した施策でなくとも移動制約者へも当然恩恵は及ぶものなのである。 それでは、利用しやすい公共交通を実現するためには何が必要なのであろうか。
公共交通は複数の交通機関を組み合わせて一つのネットワークが形づくられている。 そのため出発地から目的地まで、何回も乗り換えが必要で、 またそのたびに階段を上り下りしたり、待たされたりというように、 スムーズに連続的に移動できないことが公共交通機関の最大の弱点である。 乗り換えを少しでも減らし、乗り換えのときの苦痛を和らげることによって、 早くかつ便利に目的地に着けるようにしなければならない。 例えば、駅まで自転車で来た人が、そのまま自転車を持って電車に乗れるとか、 バスから電車に乗り換えなくてもバスが電車の線路へ直接入ってくるといった画期的なアイデアが、 少しずつ実行に移されている。
連続性の向上に関して、乗り換えの度に新たに切符を買ったり改札口を抜けたりする手間についても 改善の余地がありそうである。 運賃の支払い方法には、世界的に大きく分けて二通りがある。 一つは、わが国と同様に、改札口で乗客の持っている乗車券を駅員または自動改札機が改札したり、 バスでは乗務員が集めたりするという方法である。 ヨーロッパではイギリスがこのような方法をとっている。 もう一つは、駅あるいはバス乗降時の改札が一切なく、 運賃の支払いを乗客の良識に任せるという方法である。 ただし、車内では時々検札があり、不正乗車が見つかったときには高額の罰金が徴収される。 ドイツをはじめとして、ヨーロッパの多くの国が後者の方法を用いている。
ドイツの地下鉄の入口には、改札をする駅員もいなければ、自動改札機もなく、 切符の刻印装置が立っているだけである。 切符には日付と時刻が刻印され、ある一定の時間内であれば、 一枚の切符でいくつかの交通機関を乗り継いでも同一の運賃である。 そして、運賃はゾーン単位に定められており、 乗客はゾーン図を見て自分が現在いるゾーンと目的地のあるゾーンを探し、 ゾーンをいくつ移動するかをみれば運賃がわかるようになっている。 このような改札方法や運賃制度をとっているので、 乗り換えの際にいちいち切符を駅員や乗務員に見せる必要もなく、大変便利である。 また何よりも乗り換えのたびに運賃を支払わなければならないといった不合理さも解消される。
このような運賃制度が可能なのも、都市または都市圏において、 異なる運営主体が参加して、共通の運賃システム、 たとえばゾーン制もしくは均一運賃制といったような運賃制度を採用しているからである。 この場合、事業収入はいったんプールしたうえで、一定のルールのもとで各運営主体に再配分される。
このほか、諸外国ではさまざまな特色ある運賃制度や乗車券システムを取り入れている。 オランダでは、どこの都市では共通の回数券で路面電車やバスに乗ることができる。 たとえば、ロッテルダムで買った回数券は、アムステルダムでも同じように使える。 国内どこでも切符が共通になっているのである。 また、割引切符も様々なものが発行されている。 パリのオレンジカルテは指定されたゾーン内はすべての公共交通機関が自由に利用できる。 ロンドンのエクスプローラーは、旅行者用に全ゾーン通用のパスが発売されており、 特にオフピーク時(午前9時半以降)にはさらに割引がある。
わが国では交通機関が企業別に運営されていること、 そして同一企業内であってもバスと鉄道では別会計になっていることもあって、 諸外国に比べて運賃制度においては遅れをとっているといわざるをえない。 しかし、最近は異なる事業者間で共通の乗車券を発行したり、 乗り継ぎ運賃制度、すなわち異なる公共交通機関を乗り継ぐ際に それぞれの運賃の合計額から割り引いた額を運賃とする制度も取り入れられるようになった。 また多くの交通機関でプリペイドカードの導入が盛んであり、 プリペイドカードで直接自動改札機を通り抜けることができ、 自動的に必要な運賃が引き落とされる方式も取り入れられ、 乗車券購入の手間が省かれるようになった。 さらに進んで、異なる事業者間でプリペイドカードを共通化しようとする動きも見られ、 関西地区の「スルッとKANSAI」はその代表例である。
案内システムの整備もまた重要である。 公共交通機関を利用しようとしても、旅行者にとっては、いくら文字で説明してあっても、 ましてや外国語で書かれているようでは皆目見当がつかない。 また、最近は交通ネットワークそのものが非常に複雑になり、 その街に住んでいる人でもわからなくなることがある。
主要ターミナルの案内所で、時刻表や行き先案内が印刷物やパンフレットなどの形で入手できたり、 また出掛ける前に電話で問い合わせができれば大変便利である。 また、新しい案内システムとして、駅に設置された端末機を使って、 利用者が行きたいところを指定すれば、テレビ画面上でルートを自動的に示してくれたり、 必要な情報をプリントアウトすることも可能になった。
乗り換えを容易にするためには、地下鉄の駅などでは、 出入口や階段・エスカレーターの位置を示したり、 乗り換え方向をわかりやすく指示することが必要である。 このためにはサインのシステムが重要な役割を果たす。 例えば、地下鉄を路線ごとに色を変えて表したり、 さまざまな施設を文字でなくひと目でわかるような絵文字で示すことも有効である。
車内やホームで乗り換えや到着駅、行き先をアナウンスや文字板などで案内するといったことも便利である。 車内では騒音にあわせてアナウンスのボリュームを自動的に変化させるといったきめの細かい配慮がなされている例もある。 またホームではアナウンスを上下線で男女の声で区別して、 よりわかりやすくするといった工夫もなされている。
そしてこれからは、乗り場を案内するような静的な情報だけでなく、刻々と変わる動的な情報を伝えられるようなシステムが求められている。 例えば、地下鉄からバスへの乗り換え駅で、次のバスの発車時刻や行き先を表示するといったことである。 ある導入例では、さらに地下鉄到着後、バスに乗り継ぎ待ちをさせるかどうかをコンピューターが判断し、乗り継ぎ時間を加えた時刻までバスの発車を調整する。 これによって、もう少しのところで乗れたのにといった悔しい思いをすることもなくなるであろう。
以上の施策を総合的に組み合わせたものが、ドイツなどヨーロッパに普及している「運輸連合」と呼ばれる方法であり、地域の自治体と運輸公社、民間バス・鉄道事業者が共同で第三者的機関をつくり、これがトータルに運営を担当することになる。 案内システムやダイヤ編成を一括管理し、運賃も共通化して利便性を向上、一定のルールに従って各社に収入を再配分し、欠損分は自治体が補填するなどの方法がとれる。 わが国でも、広島市などで導入に向けた研究が始まっている。
公共交通といえば電車かバスという固定的な考えから脱皮し、 メニューを多彩にしていくことも重要である。 たとえば、自家用車に最も近い利点を持っているのはタクシーである。 誰でも乗れるという点では公共交通の一種であるが、 1〜2名の利用が大半で、輸送機関の効率という面からみるともったいない限りである。 ところが、中南米・中近東・東南アジアなどの国々では、 一定の路線上を、運行時間を固定せずに頻繁にバン型の車を運行して、 どこでも自由乗降できるジットニーと呼ばれる路線タクシーが走っている。 わが国でも、大都市の郊外団地や住宅地に近い鉄道駅などでは、 終バス後のタクシー乗り場の長蛇の列を解消するために同一方向の数人の乗客が乗れるようにした乗合タクシーの運行が認められている。 これらはいずれも、バスのような特徴も備えたタクシーといえるであろう。
これとは反対に、マイクロバスやミニバスの運行や、 バス停以外でも乗降できる「フリー乗降バス」、 バス停の呼び出し装置や電話によりバスを近くのバス停まで呼び出す「デマンドバス」などは、 タクシーのようなバスともとらえることができる。
マイカーなどの「パーソナルトランジット」と、 鉄道あるいは路線バスなどの「マストランジット」の中間に位置するこのような交通機関は 「パラトランジット」と呼ばれており、マイカーの個別性、利便性、快適性をできるだけ損なわないで、 なおかつ、公共交通機関としての機能を合わせようとしたものである。
電車とバスの中間的な役割を果たす「新交通システム」と呼ばれる新しいタイプの交通機関が登場しており、電車のようなバスとか、バスのような電車といえるようなものも実用化されている。 日本の多くの都市では、JRや私鉄、地下鉄といった大量交通機関と、バスなどの小量交通機関は発達しているが、その間をとりもつ中量交通機関が欠けている。 すなわち、地下鉄をつくるほどの大量の需要はないけれども、かといってバスではとても運びきれない、といったような交通需要にピッタリと合った交通手段がなかったのである。 こうしたことが原因で、たとえば駅どうしの中間にある目的地に行くような場合、歩くには遠すぎるが、バスは大変な混雑になっている。 だからといってタクシーもそうたびたび使えないといった、都市交通全体としてのサービス水準の低下が生じている。 このように日本では、都市交通のバランスにどうしても必要な、いわば中動脈が欠けていたことが、自家用車利用の増大を招き、都心の慢性的な交通渋滞の原因の一つとなり、ますますバスなどの公共交通機関のサービス水準の低下が生じて利用が減ってしまうといった、悪循環の原因となっている。 こうした事情を考えると、新交通システムに代表される中量交通機関の整備が、利用しやすい公共交通をめざすうえでますます重要性が増してくるであろう。
最近、世界の多くの都市では、混雑や環境破壊といった観点から、 もうこれ以上無制限に都心に車を受け入れることはできないという認識が生まれている。 したがって、都心で大規模な歩行者ゾーンをつくったり、 パーク・アンド・ライド方式 を積極的に導入したり、 自動車交通を抑制するためのさまざまな方策が実施されている。 実は、公共交通の優先策やその整備が、 こうした自動車交通の抑制方策と組み合わせて進められていることは注目すべきである。
必要なときにいつでも使うことのできるクルマはとても便利な交通機関である。 一台一台のもつ利便性、快適性などについて、クルマにかなうものはいまのところ存在しないであろう。 そのクルマに代わる受け皿として公共交通を考える場合、クルマにかなわないまでも、できる限りその良さに近づいた利用しやすいものにしていかなければならないのである。
そのためには、公共交通が統合化されたシステムとなっていることが求められる。 異なった複数の交通手段が、有機的に組み合わされて、一つのシステムをつくり上げるのである。 そこでは異種の交通機関間の乗り換えが便利でなければならない。 これには、施設の整備だけではなく、運賃制度のようなソフト面の対応も含まれており、そして管理・運営の組織が一元化されていることも必要なことは前述のとおりである。 その先にようやく、利用しやすい公共交通の理想像がみえてくるのではないだろうか。
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Last modified:2008/9/23
一橋大学鉄道研究会 ikkyotekken@yahoo.co.jp