第1部 交通機関でのとりくみ


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第1章 施設面での方策

社会の急速な高齢化、福祉重視型社会への移行などの社会の変化に対応するために、 今後高齢者・障害者にとって社会の中で移動したり社会に参加したりできる環境作りが必要である。 そのためには公共交通機関のバリアフリー化が求められる。 もちろん高齢者・障害者に限らず、すべての利用者にとって利用しやすいものでなくてはならない。

1. 鉄道施設におけるバリアフリー

大都市圏においては、複雑な交通ネットワークが張り巡らされており、 道路と鉄道の立体交差化によって高架化、あるいは地下化が進められている。 また都心部においては新しく建設する地下鉄は、 既存の地下鉄および地下埋蔵物の下に建設しなくてはいけないため、駅の深度化が進んでいる。 そのため、鉄道の乗降の際の垂直移動は増加している。 この垂直移動というバリアを解消するために、 エレベーター、エスカレーターおよびスロープ等の設置が行われている。 JR、大手私鉄、公営地下鉄の駅のエレベーター、エスカレーター整備率は それぞれ9.0%、16.2%となっている。 このうちプラットホームから公共通路への移動の際の高低差が5m以上であり、 かつ1日あたり5,000人以上の利用者がいる全国1,945駅についてみると エレベーター、エスカレーターが整備されている駅は、それぞれ約29%、約54%となっている。 今後更なる計画的な整備促進が求められる。

しかし、これらの設備もただ設置すればよいというものではない。 エスカレーターの設置されている駅は多くなってきたが、上りのみという駅が少なくない。 足の弱い障害者や、高齢者にとっては階段の上りよりも下りのほうが労力を使うといわれている。 一方で心臓等の障害を抱えている利用者にとっては下りは楽だが、上りは苦労するそうである。 これら双方の要求を満たすにはエスカレーターは上下ともに設置するのが望ましいが、スペースと財源の都合で必ずしも望みどおりにはならない。 エレベーターは1台で上下できる点はよいが、待ち時間が長いなどの難点がある。 なお駅に設置されているエレベーターは車椅子対応のもので、ボタンが低いところにある、背面に鏡があるなどの特徴がある。 スロープは、高低差1m程度のところを移動するのであればよいが、それ以上の高低差を移動するには水平距離が非常に長くなり現実的でない。 これらの施設をそれぞれの特徴を考え適材適所で設置していく必要がある。

鉄道路線同士の乗換えとなると垂直方向の移動に加え、水平方向の移動が加わる。 水平方向の移動は垂直方向の移動に比べれば、比較的障害は少ないが、それでもあまりにも距離が長くなると何らかの対策が必要となる。 水平方向の移動距離が長い例としては、都心部の地下鉄に多く見られる。 また、郊外においても環状方向の路線と放射方向の路線の乗換駅において、駅同士が離れてしまう例が見られる。 これらの対策としては動く歩道の設置などがあるが、実行されている駅はわずかである。 根本的に駅構造(ホームの位置や線路の配置など)を変えて同一ホームでの乗り換えや、階段での上り下りを1階分のみの移動ですむようにしてしまうのが理想である。 また乗り換えそのものをなくしてしまうのも、有効な手段である。 すなわち直通運転であるが、1960(昭和35)年に京成電鉄と都営地下鉄の間で始まった相互乗り入れは、その後次々と採用されている。 このような鉄道同士の乗り継ぎをスムーズ行えるような改善をヨーロッパではシームレス輸送(seamless:継ぎ目がない)と呼んでおり、サービス改善の重要課題としている。 だが、このような改造には莫大な費用がかかるのは必至であり、計画段階からの対策が必要である。

2. バス、路面電車、タクシーのバリアフリー

バス、路面電車は、地面から直接乗り降りできるという点で、駅において乗り降りする鉄道に比べてバリアフリー化が容易である。 しかし、バス、路面電車ともに車両の床下に走行機器を置く関係上、車両の床面の高さが高くなってしまう。 従来の技術であれば、バスはおよそ90cm、路面電車は80〜85cmである。 しかし、近年の技術開発により、徐々にこれを引き下げることが可能になり、床面高さが55cm程度のワンステップバスや35cmのノンステップバスが登場している。 ノンステップバスは1998(平成10)年3月時点で145台が投入されている。

路面電車についても乗降口の高さが30cmの超低床車が熊本市電と広島電鉄が導入している。 特に超低床式の路面電車車両はLRV と呼ばれ、この車両を軸に路面電車のシステムを改造した新路面電車システムはLRT と呼ばれている。 これは地下鉄を作るほどの需要はないが、バスでは運びきれない1時間に2000〜20,000人程度の交通需要に対して、優れた新交通システムとして期待され、人口40万〜60万人程度の都市や大都市近郊の鉄道空白地での導入が検討されている。

この他車椅子利用者のためのスロープ付バスやリフト付バスの導入も進められている。 1998(平成10)年3月現在の導入台数はスロープ付が695台、リフト付が260台となっている。

タクシーは、機動性があり、需要への個別対応が可能なことから移動制約者にとってもっとも利用しやすい交通機関である。 総務庁の調査でも高齢者の中でも年齢が上がるにつれてタクシーの利用率があがることがわかる。 このため、従来からリフトを設置したタクシーの導入が進められており、全国で900台程度になっている。

3. 交通ターミナル周辺のバリアフリー化

利用しやすい交通運輸を目指すには、鉄道、バス等の各モードにおいてバリアフリー化を図るほか、これらモードの結節点となるターミナル内外の関連施設、駅前広場、道路等を含めて一体的なバリアフリー化が必要である。 またモードからモードへの移動に対する配慮も欠かせない。 例えばバス停留所から鉄道の改札口までの乗り換えにおいて上屋根が設けられていなかったり、これ以外にもバス停と駅の間に自動車通行量の多い道路があり、その道路を渡らないといけない例や、バス停と駅の入り口が100m以上も離れてしまっている例もある。

今後、こうした乗り継ぎにおける屋根の設置のほか、スロープによる段差の解消、エスカレーター、エレベーターの設置、ペデストリアンデッキ により歩車分離を進めていくことが望まれる。 将来的にはバスと鉄道が同一ホームに乗り入れ、乗り継ぎに対する障害をなくす構想もある。 また、バス・タクシーと鉄道の乗り換えだけでなくパークアンドライド やキスアンドライド のような自家用車と公共交通機関との乗り継ぎも考慮されなくてはいけない。

4. 今後の課題

今後公共交通のバリアフリーを進めていくにあたって、さまざまな課題がある。 そのもっとも大きなものが財源問題である。 駅におけるエレベーター・エスカレーターの設置には多額の費用が必要であり、既存駅への設置については列車を動かしながらの工事となるため、追加工事が必要となったり、工期が延びるなど資金的に容易でないことが多い。 またノンステップバス・超低床路面電車の導入についても従来の車両に比べると、割高な費用負担となる。 このため現在運輸省では、バス利用促進等総合対策事業として、ノンステップバス・リフト付バスの導入について、購入費用の20%の補助を行っている。 広島電鉄の超低床車両の投入に対しても購入費用の一部が運輸省および地方公共団体から補助される。

また、バリアフリーのための施設がそれを必要としない利用者の利便性を悪化させる可能性もある。 一般的には移動制約者にとって利用しやすい施設は健常者にも利用しやすいと考えられるが、例えばエスカレーターの導入によってラッシュ時の階段の混雑が激しくなることが多い。 あるいはノンステップバスはタイヤを収めるための出っ張りが車内に突き出ており、その分だけイスが少なくなり、立つ人が多くなる。 熊本の超低床路面電車でも1両あたりのイスの数は極端に少ない。 このような車両は着席ニーズとの双方の要求を満たすようにするには困難が生じるケースもある。

さらに、バリアフリー施設は環境問題との両立が難しいと考えられる。 エスカレーター・エレベーターは動かすのに電気が必要であるし、超低床路面電車は定員の確保のため、在来車は1両のところを2両必要としている。 また、CO2やNOxの排出を減らすのに天然ガスを燃料とするバスが有効であるといわれているが、ノンステップバスでは燃料タンクを屋根上に積まなくてはならないため、重い天然ガスのタンクは積めないという問題があった。 これについては最近ノンステップバスでの天然ガス利用が可能になったようである。

このようにさまざまな困難があるが、技術面や資金面での課題をクリアし、今後もよりいっそうバリアフリー施設の設置を進めていくべきであるし、また進んでいくことは間違いない。


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Last modified:2008/9/23

一橋大学鉄道研究会 ikkyotekken@yahoo.co.jp