おわりに

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今回はモーダルシフトという、これまでの当鉄道研究会で扱った分野とは一風違った分野について取り上げ、 研究することになったわけだが、正直なところ、部員の多くは研究が始まるまでモーダルシフトについてほとんど知らなかった。 世間一般のモーダルシフトに対するイメージもおそらく同じようなものだろう。 過去に取り上げた「整備新幹線」「バリアフリー」などは世間一般でもそれなりに知られ、ある程度通用する言葉だが、 今回の「モーダルシフト」は、物流の関係者やそれを調べている人でなければその言葉すら聞いたことがないという人は きっと多いだろう。 そういうわけで、今回は例年に増して丁寧に研究を進めてきた。

高度経済成長の影で発生した公害問題、そして1970年代の2度にわたる石油ショックは、人々に環境問題に対する意識を強く与えた。 そして、特にここ数年の間というものは、さまざまな場面で環境問題に対する取り組みが行われている。 交通に関する環境問題に目を移すと、省エネ電車や天然ガス車、アイドリングストップ車などの低公害車の登場等、 交通分野でも環境問題に対する取り組みが行われていることに気付く。 しかし、幹線道路などで相変わらず大型トラックが黒煙をまき散らして走っている光景に出くわす。 物流界で環境面などからモーダルシフトが叫ばれているさなかではあるが、普段生活していて多くの人が感じるのは、 貨物列車は昔に比べてその数を減らし、トラックはますます増えているということだろう。 現に道路を歩いていても、とてもトラックが減ってきているとは思えない。 その意識から比較すると、今回モーダルシフトについてみてきて、 直感的には実は世間で思われているよりモーダルシフトは進んでいるのではないかというふうに感じた。 昨今の不況でますます多頻度少量輸送は拡大し、もはや海運や鉄道の出番は少なく、 今まで以上にトラック輸送が増えているのではないかと思いきや、序論を見て分かるように、 ここ10年のトラックの分担率、輸送トン数、トンキロともにほとんど伸びていないのである。 たしかにトラックのシェアが下がってきているわけではないが、多頻度少量輸送が隆盛をきわめている現在、 本来であればトラック輸送が驚異的な伸びを見せていてよいはずであるのに、トラック輸送がこの程度の伸びしか示していないのは、 やはりこれまでの官民一体のモーダルシフト推進の努力の賜物ではなかろうか。 この点ではモーダルシフトの推進は着実に進んでいるといえるだろう。

しかし、モーダルシフトの推進についての現状は、登山で例えると、まだ登山道を登り始めて間もない段階である。 山頂までまだ相当先なのにここで楽観してはいけない。 この先どのようなアクシデントがあるか分からない。 急にパーティーの1人が体調不良を訴えるかもしれないし、途中で登山道が崩落していることもあるかもしれない。 モーダルシフトの限界については、これから(現在でも既に浮き彫りになっているが)ますます悩みの種になっていくだろう。

限界については第3部で述べられているが、ソフト、ハード両面で問題点が山積みされている。 これらの問題を最小限にする努力をしなければモーダルシフトは中途半端で終わってしまう。 ソフト面については、民間である荷主や物流事業者が利益、効率中心に動くことはきわめて自然なことである。 ましてや、中小の業者であれば常に会社存亡と紙一重の状態にあるのに、 環境のためなどときれいごとなど言ってはいられない問題なので、なおのことである。 そして、モーダルシフトが進むと、需要の減るトラック業界のことも考えなくてならない。 中小のトラック業者は多いので、モーダルシフトが進めば、会社存続の危機に陥る所も出かねない。 本格的なモーダルシフトの推進のためには、やはり(よい意味で)利益、効率を度外視できる行政の力が不可欠であるといえる。

ところがハード面となると、ソフト面とは違って、中には鉄道の線路容量の問題など、 利益や効率という点を排除しても簡単に解決できないものが見られる。 モーダルシフトは主として幹線輸送について実施されるわけで、当然鉄道の方も東海道線のような幹線で貨物輸送を行うわけである。 鉄道の場合、そういった幹線は往々にして旅客需要も多いわけで、中には旅客需要だけで線路容量がひっ迫していて、 深夜帯以外は貨物列車を1本通すだけでも非常に大変な路線もある。 モーダルシフトを実施するにはそういう路線にも貨物列車を通さざるを得ないが、旅客列車の本数を減らすわけにもいかず、 小手先の努力では難しいものがある。 そうかといって新たに都市部に貨物線を新設しようとすると莫大な費用がかかり、きわめて非現実的である。 また、海運にしろ鉄道にしろ、トラック輸送と比べて輸送時間帯に制限があり、 今後多頻度少量輸送や時間帯指定輸送などの荷主のニーズが今以上に高まっていくことを考えると、 官民両方の相当な努力が求められるだけでなく、極論を言えば私たちの生活スタイルをも考え直すことも必要になるかもしれない。

これまでは貨物輸送の上でトラック、海運、鉄道などの各輸送モードがモード間の連携をほとんど考えずに輸送を行ってきたが、 これからはモード間の提携もモーダルシフトの推進のみならず物流の効率化にとっても重要なことになる。 海運、鉄道はどちらも現段階の技術では最も環境にやさしい輸送機関の中にあげられているが、 現在では海運、鉄道相互の関わりがあまり見られないようだ。 海運、鉄道はお互い長所も短所もあるので、より柔軟になって、 ここでは海運、ここでは鉄道、ここではトラックというように機転を利かせて輸送モードを選択してほしい。 もし朝ラッシュ時に鉄道貨物が走行できないのであれば、 他の輸送モードよりゆとりのある海運を選択するなど柔軟に対応すればよいのではないか。 何が何でも鉄道だ、トラックだと固執しないのが大切である。

ここで、あまり考える人は少ないだろうが、仮に当初のモーダルシフトの目標が完全に達成できたときのことを想像してみたい。 モーダルシフト推進の背景にあった自然環境問題、物流効率化問題、渋滞問題などは本当に解決されているのだろうか。 モーダルシフトが進むにつれて徐々に長距離トラック等は数を減らし、幹線道路におけるトラックの走行台数は減り、 貨物車の排ガス量は減るだろうが、混雑した道路というのは皆が使いたがるから混むわけで、 トラックが減ったところでそのぶん自家用車の走行台数が増えるだけで、ほとんど渋滞問題の解決にはなっていないのではないか。 ということは、渋滞問題とはいうが、解決できるのは、 物流効率化の面から見た渋滞対策(「貨物」が渋滞に巻き込まれなくなること)であって、 一般に言うところの渋滞対策(「人間」が渋滞に巻き込まれなくなること)ではないといえる。 そういうわけでモーダルシフトをいくら推進したところで、 首都高速道路や環八、国道16号線に代表されるような渋滞は解消しないと思われる。

また、自然環境問題については、日本の高度な科学技術によって次第に低公害型車両が増えていくものと思われるので、 モーダルシフトの目標が完全に達成できた場合、想像以上に自然環境は改善されるだろう。 ただ、ここには旅客輸送に係る大気汚染物質排出量の今後の推移は考慮されていない。 よってこれも「貨物輸送」が原因の自然環境問題が解決の方向に向かうと考えた方がよいだろう。

また、現在の産業構造は不変のものではなく、いつかは現在の構造が変わる可能性もある。 貨物量が今後どうなるかは断言できないし、また新たな荷主のニーズが出てくるかもしれない。 その時に、現在進めているモーダルシフト推進の施策を疑う可能性も否定できない。

このように、モーダルシフトは当然のことというふうに進んでいる現在、 そもそもモーダルシフトはいいことづくめの万能薬なのだろうか、ということも時には再考したい。

以上、現在進行中のモーダルシフトについて概観してきたが、モーダルシフトを着実に推進するには、 当事者であるトラック業者、海運、鉄道事業者の積極的な取り組みはもちろん、行政の支援も欠かせない。 そして、モーダルシフトの限界にぶつかった時をはじめ、事あるごとに原点を見直し、モーダルシフトの意味を考えてほしい。 モーダルシフトが我々人間のためによいこととして行われるものであるならば、モーダルシフトによって極力被害者が出ないように。


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Last modified:2008/9/23

一橋大学鉄道研究会 ikkyotekken@yahoo.co.jp