第2部 モーダルシフトの効果


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第1章 渋滞問題との関連について

1 はじめに

「渋滞」とは都市の発展等により旅客や物資の輸送量が増加し、結果として都市の道路容量が逼迫することで発生する。 よってその都市の人口密度や産業集積度が高い程渋滞問題は深刻化しやすい。

現代の日本は近代の流れを引き継いだ中央集権国家であり、必然的に首都の過密状態を招くことを考慮すると、 日本における渋滞問題はそのまま東京の渋滞問題に帰結する。 近年の情報面等における技術進歩は地方での事業展開にも光を与えたものの、一方東京に更なる機能を背負わせる結果ともなり、 東京へのヒト・モノの集中は当面改善の余地が見られない。 その事がとりわけ首都圏での渋滞問題という形になって現れてきているのであるが、 モーダルシフトはこの問題についても一定の効果が期待できるとされている。 ここでは渋滞問題について主に東京の現況を通じて考えてみる。

2 モーダルシフトが与える道路渋滞への影響

東京の渋滞問題における物流部門の割合はどれくらいであろうか。 東京都に在籍している車両台数に関しては乗用車が六割を占めているので、貨物車両の責任は小さいように見えるが、 通行量に関しては乗用車と貨物車両の割合はほぼ半々であるので一概にそうとはいえない。 乗用車が主に休日のレジャー等に使われ平日は車庫にいることが多いのに対し、 貨物車両は大体四六時中走っていることが多いのである。 従って貨物車両の交通量の削減が渋滞問題の解決に寄与することは確実である。

トラックは環境面のみならず、単純に輸送効率の面で見たときも問題がある。 鉄道や船に比べ、貨物を密に積む事が出来ないのである。 故にトラックで荷物を運ぼうとするとどうしても多くのトラックが必要となり、 社会全体では渋滞問題が出てくるほどのトラックが道路を走る事になるのである。 渋滞が起これば速度が落ちて所要時間が余計にかかる。 加えてアイドリングの時間も増えて燃料消費も多くなり、更なる輸送効率低下が避けられない。 一方これらのトラックは皆おおざっぱに見て東京・大阪間や東京・福岡間といった同じ地域間を走っている事が多い。 となれば、枝葉はともかく途中までは全て鉄道などの比較的効率の良い輸送機関を使った方が良い様に見える。 これが渋滞問題に対するモーダルシフトの基本的な発想である。

ただ、モーダルシフトといっても全てが「シフト」出来る訳ではない。 都市を走る貨物車両と言ってもその用途は色々で、特に輸送が貨物の地方からの流入や地方への流出を担当している事例と、 都市の外に出ず小口の貨物のみを運ぶ事例とに分かれている事については注目するべきである。 後者に付いては距離が短く、また様々な地域を巡るので、 時間・料金のいずれにおいても自動車が優位な立場にあることは間違いないのである。 このような状況にはモーダルシフトの登場する余地はない。 それでは長距離輸送、つまり地方との貨物のやり取りに付いてはどの様に展開され、 短距離輸送とは距離の面以外でどこに違いがあるのだろうか。 長距離輸送においてモーダルシフトを推進することは具体的にどのようなところに効果をあたえるのだろうか。

3 道路渋滞の歴史的経緯

自動車による長距離輸送と短距離輸送の間での大きな違いは輸送区間の違いである。 両者で渋滞は発生しているが、前者の活動域は都市の郊外の一方、後者は都市の中心部である。 この様になったのはひとえに日本の都市と道路の発展過程によるものである。 日本で最も渋滞問題が深刻な東京は、この点でも顕著な例として考えられる。

現在における東京の道路整備は昭和三十五年に刊行された道路白書に始まる。 この中でこのままでは東京は昭和四十年までに増大し続ける交通量によって交通麻痺になるとされた。 終戦後の人口・交通量の激増に伴う道路整備需要に対し政府・自治体はこれに殆んど応じる事ができない状態で、 道路渋滞は社会問題化した。 この状況を考慮して昭和三十四年に首都高速道路公団が設立され、 東京の中心部における渋滞の抜本的解決案として「一般の街路とは分離した、 平面交差のない総合的な高速道路網である自動車専用道路」を建設することになった。

設立当初は高速道路分71キロ、関連道路分29キロが計画され、山手線内側と京浜側の湾岸地域を通るものだった。 これらを昭和40年度末までに建設する予定だったが、東京オリンピック開催という外的要素が突如登場した為、 羽田を結ぶ1号線や新宿(国立競技場・代々木国際競技場)などを結ぶ4号線などが優先して造られ、オリンピックまでに開業した。 これらはオリンピック後、本来の首都高速としての機能を果たしている。

昭和40年代前半は第一京浜や渋谷を結ぶ2・3号線の他、 比較的建設着工の遅れていた城東・城北方面の5・6・7号線といった道路も開業した。 昭和40年代後半には各高速道路の延伸が行われ、用賀・高井戸などに高速道路が延びた。 これにより東名高速道路・中央自動車道に接続するようになった他、 環状7・8号ともつながり本来の眼目であった都心全体の交通状況の緩和にも力を発揮した。

しかしその後も東京の交通量は増え続け、加えて人口流入や商業地拡大に伴う地価高騰で住宅地や工場の急速な外延現象が発生した。 こうして東京近郊の開発が進み、所謂「首都圏」が急速に拡大した。 この流れに対処すべく公団も首都高速の延伸を図り、結果として東京都の外に道路網を延ばした。 神奈川県については高速横浜羽田空港線の一部が昭和43年に開業したのを始めとしてその後高速神奈川1・2・3・5号線が造られ、 埼玉県においても川口線や三郷線が建設された。 東京都の中でも開発の遅れていた京葉側の湾岸地域やその先の千葉県では9号線・湾岸線が開業している。

郊外が多くの工場と整備された道路を持つ地域と変貌する中、地方との貨物取引が地価や人件費の高い都心で行う理由はなく、 また東京自体の肥大化により短距離輸送の担当域も広がってきた。 結果として物流会社の流通センターも近郊に造られ、 長距離輸送については物流会社の活動拠点はその一部が東京の外にはじき出される格好となった。 首都圏で運送事業者の数が最も多いのは確かに東京都であるが、 東京以外でも割合高速道路の整備されている埼玉・神奈川県においても事業者は多く、 両県の事業者もしくは保有車両数の合計は東京のそれらに匹敵する規模である。 故に現在地方との貨物のやり取りにおいて郊外の流通事業者と流通センターは重要な存在であるといえる。 しかし一方でこれらの地域も都市化が進み、長距離輸送の扱う量自体も増加する中、 東京のような渋滞問題は確実に広がっている。 ではこれら東京の郊外に新たな道路を造る余裕はあるのだろうか。

東京や横浜ではそれぞれの都市にて仕事を行う車両で道路容量が飽和状態になっていて、 本来の交通機能を維持する為には各都市の中心部を通らないバイパスを造る事で余計な車両を中心部から排除して 中心部の交通量を削減する必要に迫られている。 その観点からも郊外に道路をひく事は望ましい施策といえるが、 現実には社会の成熟に伴い新たな道路の建設や路面拡張は次第に困難になってきている。

東京のバイパスロードとしては中央環状線と東京外郭環状道路が計画されている。 しかし前者は現在の所東半分しか出来てない。 後者の場合計画当初は文字通り「環状」を目指すものだが、現時点では内陸部については大泉・三郷間しか完成しておらず、 東京都・千葉県の内陸部は従来の一般道路があるだけである。 未完成部分は既に住宅地で完全に覆われている状況で、ここに高速道路を建設するとすれば土地収用に莫大な費用がかかる他、 多くの環境問題がでてくることが確実視されている。 こうなっては事実上道路建設を諦めざるを得ないだろう。 因みに外環道の外側にはさらに圏央道が計画されているがこれについても状況は同様である。 横浜では高速神奈川3・5号線や横浜ベイ・ブリッジや鶴見つばさ橋を通る高速湾岸線等が建設され、中心部の混雑がやや緩和された。 この道は海の上や埋立地を通る事が多く、建設の際に用地取得の問題が殆んど無かったということを考えると、 今回バイパスが確保できたのは例外の類に入ると思われる。

かつての東京は道路用地確保の為に築地川の水を抜いたり、 日本橋川の真上を道路用地にするなど結果として空間上の制約を取り払ってきた。 現在においても、住宅地を横切らなくても国道246号の真上を走る3号線や甲州街道の真上にある4号線という様に 幹線道路の真上に高速道路をひくという手法を使えば造れるバイパスもあるだろう。 それでも建設が行われないのは住環境問題に対する住民の意識の高まりが挙げられる。 勿論昔においても高速道路を造る際に多くの反対運動が起きるなど建設を行う上の周辺環境は決して良く無かったが、 現代はそれ以上に環境に意を払うべき時代であることも事実である。 道路公団としても既にある道路について環境対策として騒音・振動・日照・大気汚染・テレビ電波障害など あらゆる問題に対して日々処理を行っているとされている。

つまり、都心・近郊問わず道路容量の拡大は限界に来たのである。

4 終わりに

この章ではモーダルシフトが渋滞問題に与える効果について歴史的経緯から考えてみた。 まとめとしてここでモーダルシフトの立場を考えてみるが、その例として以下のような話がある。

流通センターが郊外中心である事を前述したが、これについて多くの流通業者は不都合を感じている。 一方貨物駅・港については東京・横浜といった大都市の近くにおいても遊休地が多い。 もしモーダルシフトをしてそれらの土地を使える事になれば、上のような不都合も解消される。 このような点から見れば、モーダルシフトは新しい物流構造の一翼を担う候補と考えられるであろう。

自動車輸送は便利で時間のかからない手法である。 しかし将来の経済成長に合わせて持続可能かという点については大きな疑問があり、 このままでは再び交通マヒへの懸念が強まるであろう。 極端な話をすると、交通マヒの状態では所要時間が大幅に延びるので、いずれ鉄道や海運での輸送よりも時間がかかる状況も出てくる、 ということである。 モーダルシフトの推進は長距離輸送の自動車依存を解消する形でこれらの地域での渋滞の解決に何らかの効果があると思われる。 ただある意味でそれは短期的な見方であり、 もっと長い目で見通すならば上の例を含め持続可能な経済モデルの一部としてモーダルシフトを捉える事ができるのではないだろうか。


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Last modified:2008/9/23

一橋大学鉄道研究会 ikkyotekken@yahoo.co.jp