第1部 交通機関でのとりくみ


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第2章 サービスの提供を工夫する

我々は日々何気なく交通機関を利用しているが、ふと見つめ直してみると、そこにはさまざまな情報が与えられている。 その情報は、果たして的確な形で与えられているだろうか。 自分が普段から利用していれば、情報が少々不足していたりあいまいであったりしても「慣れ」でカバーすることができるが、旅行などで不慣れな土地に行くとそうはいかない。 例えば鉄道の場合であれば、ちょっとした情報の不足から乗り場が分からなかったり停車駅が分からなかったりで、その人はたちまち途方に暮れることになる。 地方都市で、地元の人が路面電車を難なく乗りこなしているのに、旅行者だとそうはいかないというのはその典型的な例である。

この章では、どのような情報をどのような形で利用者に提供すればみなが分かりやすく交通機関を利用できるかを考えてみようと思う。 なお、ここで扱うのは鉄道に限定する。

1. 切符を買う

鉄道を利用するときは通常、乗る前に目的地までの切符を購入する。 まず駅に着いたら切符売り場を探すことになるわけだが、よほど大きな駅でない限りはどこに切符売り場があるかは分かるだろう。 たいがいの駅では切符売り場の表示があるか、見ると分かる。

そして、切符を買うときに参考にするのが券売機の上に書かれてある路線図状の運賃一覧である。 利用者はこれをみて自分の目的地の駅名を探し、運賃を確認した上で機械にお金を投入して切符を購入する。 この段階でどうしたらいいか迷うという人はそうはいないはずであろう。 この運賃を表示する字は誰にでも見やすいほど大きく書かれているとは言い難いが、必要以上に表示を大きくすると地図全体が広がってしまいかえって分かりにくくなるであろうから、現状が妥当な字の大きさだと言えよう。

券売機に関してもう一つ触れておこう。 最近いくつかの鉄道会社が積極的に導入しているタッチパネル式の券売機は、不案内な人やお年寄りにとっては少々使いにくいもののようだ。 従来の券売機とは異なったボタン配列に加え、パネルの押し方が難しいらしい。 とはいえこの券売機では連絡切符に特急券や各種回数券、一部では割引きっぷなどいろいろな切符が買えるので慣れている人にとっては便利な機械ではある。 鉄道会社がこのような機械を導入するからには何らかのメリットはあるのだが、それが必ずしも全ての人に受け入れられるものではないというのもまた事実なのだ。

2. 列車に乗るまで

切符を買った人は、改札口を通り抜けてホームに向かう。 このとき、慣れている人ならばスムーズにホームへと行くが、そうでない人だと案内表示に頼る必要が出てくる。 したがって、どの駅でも必ず見られる「○○方面」という表示はきわめて重要な意味を持ってくる。 この表示は、ホーム別の列車が向かう駅で代表的な駅が書かれているというのが通常である。

ホームに着くと列車が到着するのを待つ。 ホームには発車時刻表や路線図などが掲げてあるが、それらは果たして見やすい、あるいは分かりやすいだろうか。 これらの案内板は天井からつるしてあるものと、地面に立てる格好で設置されているものとがある。 天井からつるしてあるものは遠くからでも大勢の人が見ることができるが、目が悪い人にとっては見づらいこともある。 一方で、地面に立っているものは高さという点では見やすいが、ホームが混んでいるときや前に人が立ってしまうと見づらくなってしまう。 というように、どちらの表示にも一長一短がある。

その表示の内容が見やすいかどうかも重要なことだ。 駅の時刻表は、列車種別や行き先が多い路線だと使われている色が多すぎて分かりにくく、そのうえ字が細かいこともしばしばある。 これだと一別して種別や行き先の違いはすぐに認識できるが、具体的なことは細かい字で書かれている凡例を見なくてはならない。 これも、慣れない人にとってはおそらく苦痛なことだろう。 これもできれば改善してもらいたいところだ。 路線図に関しては、私鉄は自社の路線図を列車種別と停車駅もあわせて掲示していることが多いようだ。 なかには自社沿線の名所などもあわせて掲示している社もある。 都会のJR線はだいたいその駅のある線しか路線を載せていないようだが、JRどうしの乗り換えも多いようであるから、もっと広域の図を載せてみてもいいはずだ。

ホームで何時何分にどんな列車が入ってくるかを知らせてくれる機械(LED・反転タラップ式・あんどん式・液晶式など)も、乗車に際しての有効な案内となっている。 これは時間や停車駅はもちろんのこと、機械によってはどこまで行くのなら後続の列車に乗ったほうが便利だとかいう情報までも流してくれることもあるのでとても便利だ。 本来ならばこれが全ての駅に取り付けられるべきであろう。

ホームに列車が入ってくるとき、通常は何らかの音声や表示器の点滅によって案内がなされる。 ということは、とりあえず列車が入ってくるということが全く分からないという事態は起こらないので、安全面での心配はさほどいらないだろう。 問題なのは音声案内の内容である。 できればどの駅でも入ってくる列車が停車か通過か、停車ならば何行きなのか、どこに停車するのか、○○へ行くには後の列車のほうが早い_など案内されればよい。 あるいは基本的放送を機械にやらせて、補足説明を駅員の肉声で行うなど方法はいろいろあるが、いずれにしろどこまで案内する必要があるのかということを考えるのは難しい。 人によってどこまでの情報が必要かは違うからである。

JR東日本では、以上に挙げたような案内を総合的に補助する「サービスマネージャー」という役職を作り、首都圏の主要駅にベテラン職員を配置している。 駅構内で何か分からないことがあれば、この「サービスマネージャー」に尋ねれば親切に教えてくれる。 これは通常の駅員とは別にこのような職員を置くことによって、乗客が戸惑うのをできるだけ少なくしようという新しい試みの例である。

3. 列車内で

人は列車に乗り込むと、降車駅までの間の時間をいろいろなことに使う。 じっと車窓を眺める人もあれば、一緒にいる人と話をする人もいる。 新聞を読む人もいれば、眠る人もいる。 だから、車内での案内放送をどのようにするかはとても難しい。 あまり事細かに放送すると、静かな雰囲気に身をおいていたい人や、その線区に乗り慣れている人はうっとうしいと思うことだろう。 ところが、初めての人や乗り慣れていない人にとってはどこを走っているのか、どこで乗り換えるのかがよく分からなくて不安一杯なのだ。 このあたりのギャップをどのようにして埋めていけばいいのだろうか。 先にも少し触れたが、人によって必要な情報が違うということでどこまで案内すればよいかが難しくなっている。

これに関しては細かいことを言っても仕方がないが、最低限の放送として発車後に次に停まる駅を言い、停車前に今からどこの駅に止まるのかを言う。 これが基本となる。 慣れない人にとっては、ある駅を発車した後に次に停まる駅を聞くと安心できるものなのだ。 最近の新しい車両で車内にLED表示器があるものだと、停車駅等の案内は表示に任せ、放送は最低限にとどめる例もあるようだ。

降りる駅がいつやってくるか不安な人は、車内の路線図を見るか、車窓から通る駅ごとの駅名板を頼りにするだろう。 路線図は扉の上にあることが多いが、これが広告にまぎれて分かりにくくなってはならない。 また、かつては駅名板にひらがなを一番大きく書いていた会社で、最近では漢字を一番大きく書いて、それにひらがなを振った駅名板に変えているところも少なからずある。 このほうが文字数が少ないので視認性がよく、一度見ただけでも読みやすいからだ。 いずれにしても利用者にとっての見やすさ、分かりやすさが第一に考えられるべきである。

4. 外国人向けの案内

日本には数多くの外国人が住んでいると同時に、数多くの外国人が随時日本にやってくる。 この人たちに少しでも分かりやすく日本の鉄道を利用してもらうためにも、最低限のことはするべきであろう。

何をもって最低限とするかは意見の分かれるところだが、とりあえず主だった案内表示に英文表記、ローマ字併記することは最低限といって間違いないだろう。 だから、駅名板にローマ字を付けるとか、乗り場や出口案内に英語表示を付けるなどのちょっとした気配りでもいいのだ。 それにあわせて、絵文字(ピクトグラム)を付けると言葉のみの表示より分かりやすくなる。 ただ、デザインに凝りすぎるとかえって意味が分かりにくくなるので注意が必要だ。 幸いなことに、日本の鉄道を見渡してみると、これに関してはほとんどの鉄道で達成されているように思える。 さらに、成田・関西などの国際空港と直結している路線や東北・上越新幹線などでは英語の案内放送も行われている(前者に関しては当然とも言えるが)。

地域によっては英語以外の表記がなされているところもある。 北九州地方ではハングルや中国語、日本海側ではロシア語が併記されているところがあり、それらの言語を使う人にとっては大いに役立っている。

5. キャッシュレス社会への対応

昨今のキャッシュレス社会に対応すべく、鉄道各社はこぞってプリペイドカードを発行した。 最初はカードで切符を買ってから電車に乗っていたが、その後カードを直接自動改札機に投入して、つまり券売機で切符を買わずに乗れるストアードフェアシステム(stored fare =蓄えられた運賃)が普及した。 その当時は会社どうしのカードの互換性がなかったが、最近では私鉄各社が連合して一枚のカードで複数の会社の改札機を利用できるようになった。 関西では大阪市交通局・阪急・阪神・能勢電鉄・北大阪急行の5社局に1996(平成8)年3月に共通のストアードフェアシステム「スルッとKANSAI」が導入され、1999(平成11)年10月には25社局に拡大された。 関東でも現在営団地下鉄と都営地下鉄が同様のシステムを導入しているが、2000(平成12)年10月に17社局、2001年以降は20社局へと拡がる。 東西ともJRは外れているが、複数の会社線を一枚のカードで乗り継げるのは利用者にとってはありがたい。

それに加えて、さらに進化した非接触ICカードの実用化に向けた研究も進められている。 この方式だとICカードを自動改札機のカードリーダーにかざすだけで改札を通過できるので、パスケースから切符や定期券を取り出す手間が省ける。 さらに、定期券とストアードフェア乗車券の二つの機能を一枚のカードにまとめることで、乗り越しの際の精算の手間も省ける。 事業者側からすると、改札のスピードアップや自動改札機のメンテナンス簡略化、確実な運賃収受がはかられるというメリットがある。

より詳しくいうと、ICカードを乗車券として使用するときはあらかじめカードに入金を済ませておき、乗車するたびにそのお金が引き落とされていくという仕組みになっている。 カードの残額が少なくなったら何度でも入金することができるので、一枚のカードが継続的に使うことができる。 また、定期券の再発行も可能になってセキュリティ機能もアップする。

このシステムは、実は鉄道よりもバスのほうが先行して実用化される見込みだ。 甲府市を中心に鉄道網を持つ山梨交通では、1999(平成11)年9月から乗合バスにICカードリーダーを設置し、非接触式ICカードシステムを導入しており、2000年2月までには全116台に設置を終える。 その他にも旭川市の道北交通でも導入が決定している。

1996(平成8)年6月から1年間、都営地下鉄12号線と都営バスの一部路線でこのICカードの実証実験が行われ、このシステムの利便性と問題点を明らかにした。 JR東日本では、2001(平成13)年1月を目途に東京都心から約100km圏でICカードシステムを導入する予定で、それに際したモニター実験を近いうちに実施するようだ。 その他の都市部の事業者も、ICカード化を検討していくと考えられる。 ゆくゆくは金融機関のカードとの統合もあり得る。

このシステムの当面の課題はカード自体の製造コストが現在の磁気カードの数倍から十数倍と高いことである。 だが、これは技術進歩によりコストが下がりつつあるのに加え、カード自体に繰り返し入金して使用できるので長期的にはコストダウンにつながるし、資源、環境的にもプラスとなる点が指摘されている。 また、導入の際にカードについてデポジット(補償金)を採ることも検討されている。

世界的に電子マネーの実験が数多く行われた結果、最も適応しやすく効果があるのは交通関係(高速道路なども含む)だと言われている。 ソウルや香港などではこのシステムがすでに成功を収めていることからも分かるとおり、日本でも導入されればかなりの効果が期待できるだろう。

6. まとめ

技術の進歩や案内板の改良などのおかげで、昔に比べて今のほうが随分と鉄道を利用しやすくなった。 また事業者も利用しやすい鉄道を目指して莫大な資金を投入し、日々努力をしている。 それでも全ての人がスムーズに鉄道を利用できるわけではないことからも分かるように、全ての人に対応した設備を整えるのはとても難しい。 かといってこれで妥協するのではなく、これからは少しでも多くの人が利用しやすくなるように、今まで以上のきめ細かな配慮が求められるだろう。 どうすればよりよいサービスを提供できるか。 事業者側の模索は続く。


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Last modified:2008/9/23

一橋大学鉄道研究会 ikkyotekken@yahoo.co.jp