第3部 交通整備の展望

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第2章 地域連携の将来

1. 交通の果たした功罪

当初の全国総合開発計画は、結果として、太平洋ベルト地帯への工業地域の集中配置に見られる過密化現象をもたらすこととなった。1960年代後半には都市部の過密と地方農村部の過疎の問題がさらに深刻なものとなっていったのであった。一方で、資本の蓄積は次なる開発や経済発展への原動力となる、との発展メカニズムの考えに基づき、都市部への集中は容認されてきたとも言えるのである。

これらと交通網整備の関連で言えば、東海道新幹線の開通や高速道路網の形成に代表される高速交通機関の整備は、確かに時間距離を大幅に短縮させるものであったかもしれない。また都市中心とその外縁を結ぶ交通網なども、都市への輸送力確保にとっては効果的に敷設されていただろう。ただ、都市部とその周縁部の間、もしくは大都市相互間から結合関係がスタートしたとすれば、都市部への集中圧力をそれらが助長したことは否めない。

現代社会における情報通信技術の目を見張るような発展により、現在では、都市空間の結合は、一般的な交通のみならず、そうした高度な情報通信によっても分担されている。これは例えば企業の立地行動に如実に表れている。都市部に集中していた企業の本社機能が、都市部への集積性の利点とコストを勘案した時、都市部から移転しても都市部との結合は維持されるとすれば、そのコストが大きいならば集積をやめるだろう。労働者ひとりひとりが三々五々集まらない企業活動が行われるようになったのである。すなわち、ある地点への集中が必ずしも要求されないのである。

2. 地域の連携と軸の形成

ともあれ、都市部への集中は人々に資本の蓄積を与えることとなった。簡単に言えば、金銭的余裕ができたということである。金銭的な余裕が生まれれば、住民が行政に対して行政サービスの拡充を求めるようになる。サービスして欲しいと思う内容が変わってくるのである。すなわち、生活の基礎整備が一段落すると、今度はその質的向上や生活の多様化に向かって変化するということである。これはごく自然なことである。しかし広大な国土に一億以上の人口を有するなかで、その一部でしかない都市部の状況にそった政策が、それらの多様化した要求全てに応えることは難しい。そこで三全総以降で注目されたのが、「生活の多様化や質的向上に対応することのできる」地域の育成であった。

また、従来発展メカニズムが進んだ地域は、東海道沿いなどの、交通整備が早い時代から進んだ、もしくは地形面でみて進めやすかった地域であったと言える。もちろん、交通整備の技術がそれほど発達していなかったために初期の整備ルートがおのずと限定されてしまったという点も考慮する必要はある。現代においては、交通整備における当時存在していた技術的障壁はかなり解消しているといってよい。よって、地域の育成を個々で押し進めるのみならず、交通基盤整備を均衡的に展開し、時代的なハンディを打ち消し物理的な障壁を克服することで地域間交流をさらに促進させることが可能なのであり、また必要になってくる。新たな国土軸としての地域連携軸の必要性が提唱されるに至ったのである。

3. 連携軸形成に向けた整備

東京など特定都市部への一極集中を軽減するためには、それら都市部以外の地域間を結合させて均衡的な発展を目指すことが必要ではある。だが、産業などで何ら確固とした求心力を持ち得ない地域のみを交通網で結び付けたとしても、それだけでは発展は望めないであろう。交通による結合それ自体が求心力を生み出すとすれば、それは交通建設に伴う特需など限られた例しか見当たらないのでここでは考慮に入れない。

そこでそれら地域連携軸の新たな核となるべき、産業の基盤といえるものが、中核都市と呼ばれる都市群である。日本では具体的には札幌・仙台・広島・福岡などが該当する。これらの都市は各地域内ではもともと人口規模が大きく、その都市を中心とした交通網整備も早く進んだことから、企業が地域を統括する支社を設立するなどして発展し、近年政令指定都市として行政上の権限も大きく持つに至っている。行政上の権限の強化は都市にとっては集積能力を高めることになる。宮沢(1968)によれば、東京に企業が本社を立地させる理由として、「企業相互間の取引」に次いで「官庁連絡」を3割の企業が挙げたとの調査結果もある。ここで問題になるのは、多くの企業が集積したからそこに行政の充実が追い付くのか、それとも新たに行政権限が強化されたので企業の集積が進んだのかという、鶏と卵の関係にも似た問題である。

ただ、地域開発の計画は、自然発生的な集積をただ期待するものではない。いわば、集積を作り出すものである。やはり、行政権限による集積誘導がまず先に行われなければならないだろう。そして、それら集積が全く相互独立的に行われることはさすがに非効率である。そこで考えられるのは、集積を作り出す動きが、軸の形をとって連携し、さらなる集積を生み出させようという考え方である。

4. 連携への取り組みと地方分権

以上より、地域間交流の基盤は、行政権限を分権付与された地方都市を中心にした連携軸であると考えられる。ここでの問題は、政令指定都市の制度は指定市に都道府県並の権限を与えるものの、国家行政の分権化の受け皿にはならないことと、その政令指定都市でさえも指定条件が人口などで規定以上に厳しいことであろう。よって、まずは政令指定都市程度の都市には、国家の持つ行政権限を大きく分担させ、連携を自らの手で生みだせる地方分権の推進を行うことが必要であろう。連携の相手先からその実際の連携にかかるコストまで、国に依存せずに手配することは並大抵のことではない。連携する都市の規模によっては、都市の大きさに細かく対応した、現在よりもさらに詳細な分権制度を設けることが必要になってくると考えられるのである。

もっとも、地方分権については、かねてから主張されて久しいものの、実際の推進には現状では多くの困難がある。一つには、行政が有する許認可業務の膨大さと、それにも増して一つの許認可に複雑にからみあう省庁の部局の多さであろう。省庁の細分化・縦割り行政への批判が叫ばれて久しい。地域政策についての企画・調整機関としては、全般的な機関として経済企画庁が存在する他に、北海道開発庁や首都圏整備委員会といった特定地域対象機関があり、中には経済企画庁水資源局のように特殊な分野に関する機関が存在している例もある。先頃決定した省庁改革を経たとしても、こうした並立状況のいくつかは残るだろう。

もう一つには、分権へのイニシアチブを執るべき地方自治体側の整備の不備である。議員・首長の多選・世襲傾向、都道府県庁などへの中央官僚の出向などがその顕著たるものであろう。また、住民各層の中にも、一地方に開発を誘導するのは国会議員であるとの認識は根深い。地方自治体を中核として独自に活発な請求活動を行おうという意識付けが住民の間には希薄なのも事実であろう。

困難があるのはともかく、地方分権がどこからともなく求められ、分権が与えられることがあまり好ましくない。徐々にではあるが整備されている受け入れ体制だけでなく、計画に合わせていくような住民自身の欲求・参加がより一層必要になっていくのである。


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Last modified: 2008/9/26

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