序論 今、なぜパークアンドライドなのか

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1996年11月23日、この日は我が鉄道研究会にとって、非常に意味のある日であった。この日は、如水会館にて、如水鉄路クラブ(OB組織)の総会があった日、ではなく、鎌倉市において「Park and Ride(パークアンドライド)」が試験的に実施された日なのである。このパークアンドライドが日本で行われたのは、何も今回が始めてというわけでもない。しかし、我がサークルの1997年度一橋祭研究のテーマとして選考される過程においては、実に大きな役割を果たしたのである。

そもそも、「パークアンドライド」とはどのようなものか簡潔にいうと、「交通の混雑する地区の周辺で、駐車場に車を停め、公共交通機関に乗り換えるシステム」(広報かまくら 平成8年(1996年)10月26日号)ということである。このシステムは、ヨーロッパなどで採用されている交通システムで、日本でも上高地で実際に行われている。私自身も言葉を聞いたことがある程度であったので、調べてみようと思い、図書館で探したところ、思ったような本がなかった。そして、実施直後くらいから「できることなら来年の研究はこれでいこう!」と考えていた。その後、この鎌倉市の取り組みが意外に多くのマスコミに登場し、部員の間でも共通して認識される問題となり得て、あっさりと今年のテーマは決まったのである。

鎌倉市がなぜこのような取り組みをしたのかということについて述べておきたい。鎌倉市、この場合、「旧鎌倉」と呼ばれる地域は、年間2000万人が訪れる観光地として有名で、東京から50km圏内という地の利も手伝って、週末になると観光客で賑わう。そして渋滞が引き起こされるのである。筆者は、鎌倉市在住なのでその体験も含めて言うと、普段バスで10分で行くところを週末になると1時間から2時間かかることがあるくらい混雑している。バスのダイヤは週末はほとんど意味をなさず、歩いた方が早いくらいなのである。さらに面白い例がある。 鎌倉の海岸沿いに国道134号線という道路が走っている。この道路は、土、日曜日の交通情報で必ず渋滞中、と紹介される場所である。そして、毎年8月10日に鎌倉では花火大会が行われるが、その時、この134号線は、当然渋滞する。それ故に、皮肉にも渋滞に巻き込まれたドライバーはゆっくりと花火鑑賞ができるというわけである。時間を見計らって、わざと渋滞に巻き込まれながら見る人もいるようだ。それも、「鎌倉」という特殊な地理的条件によるところが大きいのである。鎌倉は中学校の歴史でも習う通り、三方を山に囲まれ、一方を海に面するという天然の要害なのである。それゆえに鎌倉時代には外部から進入する際は、「切り通し」と呼ばれる狭い道を通る以外方法がなかったのである。それから800年余が経った今でもその状況はあまり変わっていない。それゆえに、鎌倉に入るための数少ない道に自動車が集中し、渋滞を引き起こすことになるのだ。

そこで、このような渋滞に対して、鎌倉市は、1994(平成6)年から、既存道路を生かしたTDM(交通需要マネジメント)の手法を活用して、交通の専門家との検討を行ってきた。そしてさらに、行政レベルのみならず、1995年7月には、市民・専門家・警察などで構成する「鎌倉地域交通計画研究会」が発足されるに至り、非常にオープンな形で議論が進行していった。その議論の結集として、「鎌倉地域の地区交通計画に関する提言」が出され、それをもとに施策が練られたのである。その一環として、海沿いを走る国道134号線に限定して、江の電を使ったパークアンドレールライドの形で、1996年11月23日、24日の両日に実施された。実施に際しては、駐車場主や関係交通機関の協力を得て、さらに市民ボランティアが160名参加し、のべ734台、1811名の参加があった。

その結果は、以下に示すように、利用者にはおおむね評価できる内容であったようだ(図1−1参照)。

この鎌倉市の取り組みの大きな特徴は、2つ挙げられよう。

1つは、この実験が市民参加の形で行われたこと、すなわち「鎌倉地域交通計画研究会」を発足させ、市民や学識経験者などを交えて、渋滞緩和策などの将来の交通計画についての議論の場が設けられたことである。これは、市民生活と密着した形での、地域住民のニーズを考えた交通計画の立案という観点から実に有益なことであり、これからの交通計画の方法を示してくれているものといえる。今回の研究のためにあえて、パークアンドライド中心に述べたが、今後は、ロードプライシングなどの様々なTDMの手法を用いての交通計画を提言していく考えであるようだ。

もう一つは、鎌倉のパークアンドライドの実験が、各マスコミが非常に関心を寄せて、報道されたことである。以下の図1−2 のように主要なマスコミがこぞって取り上げている。渋滞という程度の差はあれ、日本各地で社会問題となっていることに関して、その対応が急務であるが故に、実験自体に関心を引いたという面もあろう。しかし、それのみならず、休日の渋滞の激しさでは、有名な鎌倉市が、渋滞問題に取り組んだ意義や、さらには、「車社会」という現代社会に対しての警鐘というところまで思考範囲を拡大させて、報道している記事も見られた。

このような特徴を持った鎌倉市の取り組みが将来あるべき交通計画のあり方を垣間見せてくれたことは、今後につながるものであったと考えられよう。細かいところを指摘すれば問題点は山積みであるし、現実に恒常的な施策としてはまだ難しい面が多い。しかし、問題への取り組む姿勢は非常に理想的なものであるし、短期で解決する性質の問題ではないので今後の取り組みが注目されよう。

われわれの今回の研究は、このような「パークアンドライド」というシステムが日本においてどのように考えられているのか?効果はどれほどのものか?実施に向けて日本各地でどのように模索されているのか?このシステムを活用するにはどのような施策で行うのはよいのか?といったことについて分析していきたいと思う。


→第1章「パークアンドライドの歴史と多角的分析」へ



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Last modified: 2008/9/27

一橋大学鉄道研究会 ikkyotekken@yahoo.co.jp